いつかの君と握手
「……ぼく、にげてきたんだもん。かんたんに戻れないよ」

「あー、やっぱ逃げてきたのか」


だよねー。
道に迷ったにしては、盛大な逸れ方だもんね。


「でもさー、怪我してるし、早く処置しないとさ」

「やだ。いいんだ、ぼくなんか」

「あ。『なんか』とかいうなよ。探してくれてるみんなにも失礼だぞ」

「……だって。だって、父さんはぼくを追い出そうとしてるもん。ぼくはいらない子なんだもん」

「んなコト言うなって。いらないわけないだろ」


あー。スネてんなー……。
加賀父、一体どんな会話したんだ。
上手く納得させんかったんかい。

って、簡単に納得なんてさせらんないよなあ。
難しい問題だもんなあ。


「父ちゃんはイノリのことが大好きで、すんげー大切なはずだって」

「じゃあどうしてぼくをおおさわの家に連れて行くのさ。ぼくがいらないからだろ?
ぼくがきらいだから、追い出そうとしてるんだ」

「あー、もう。ばかちん」


ぐずぐず言う男はダメだ。魅力激減。大きなマイナスポイントです。

って、あたしの我慢がきかないだけかもしれないけど。
美弥緒さんは短気なのだ。

言葉と同時に、ごつんとげんこつを頭に落とした。


「いたい!」

「殴られれば痛いのは当たり前!
あの父ちゃんがあんたを追い出そうとしてるはずないだろう。自分が大切にされてることくらい、あんたはわかんないの?」

「だ、って……」


頭をさすりながら、むう、とあたしを見つめる。


「だって、そうじゃないか。ぼくがきらいだから、おおさわの家につれてったんでしょ。
ぼくのためだとか、ためになるとか、そんなこと言われても全然わかんないもん」

「そういうのは、イノリが大きくなるとわかるようになってんだ。今はわかんなくても仕方ないんだよ。
でもさ、父ちゃんが自分のこと好きか嫌いかくらいは、イノリは分かるよな?」


言動の端々にあんなに愛情を滲ませているんだ、分からないはずがない。
イノリはバツが悪そうに俯いた。


「それは分かる、けど……。だけど、ぼくをおおさわの家に連れてくのはわかんないよ」

「ふむ」


イノリの横に座り直した。胡坐をかいて、自分の足首を掴む。


「大澤の父ちゃん、嫌いか?」

「え……?」

「大澤の父ちゃんだよ。イノリは嫌いなのか?」


隣から返事はない。
しかし聞いてはくれているようだ。


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