いつかの君と握手
イノリは加賀父のことはもちろん好きなのだろうが、大澤父を嫌っているというわけではなさそうだった。
ただ、加賀父が好きで、傍にいたくて。
加賀父と離れたくない、それだけなんじゃないか、そう感じた。

イノリは大澤父を嫌ってなく、むしろ興味を持っているし、多少なりとも好意だってあるんじゃないだろうか、とも。


「……きらいじゃ、ない、かも」


果たして、イノリがぽつんと言葉を落とした。

「たぶん、ぼく、きらいじゃないと思う」

「ふむ、そうか」

「少しこわいけど、父さんよりも好きじゃないけど、新しい父さんもきらいじゃない」


うん。なるほど。
自分に確認するように呟くイノリに頷いた。


「うん。ずっと一緒にいた父ちゃんのほうが好きだよな。当たり前だよ、過ごした時間が違うもん」

「ぼく、ずっとあの父さんがほんとうのお父さんだと思ってたんだ」

「ああ、そうだったよな。急に『違ったんだよー。ホントはこっちでしたー』、なんて言われても困るよな。イノリからしてみれば迷惑な話だよな」

「そうなんだ。父さんはさ、ぼくにワガママ言うなとか言うけど、父さんたちのほうがよっぽどワガママだよ!」


急に語気を荒げて、イノリは頬をぷう、と膨らませた。
次いで、地面をだん、と叩く。
おお。いきなり怒った。


「ぼく、学校も変わったんだよ? 保育園のころからの友達とも、近所の友達ともお別れしてきたんだよ!?」

「う、うん」

「おおさわの父さんはお仕事が忙しいっていっしょにご飯食べてくれなくてさ。ぼく、かせいふさんが作りおきしたのをひとりで食べてたんだよ! ひとりぼっちといっしょじゃないかっ」


ほう、大澤父は家政婦を雇ってるのか。
すげえ。お金持ちー。セレブー。

じゃない。
そうか、一緒に食事できないのも、寂しいよな。
イノリは溜まっていた不満を吐き出すように、次々に愚痴をこぼした。
あたしの返事なんてどうでもいいようで、ただ、外に出してしまいたかったのだろう。

たくさん溜め込んでたんだなあ。
脈絡もなく、ぽんぽんと話題がとぶイノリの言葉を、短い相槌で受け止める。


「だからさ、父さんたちのほうがワガママで、じぶんかってなんだ」

「うむうむ。大人ってのはそんな生き物なのさ」


鼻息荒く語るイノリに頷いてみせる。


「で、子どもっていうのは、大人に振り回される生き物なんだ。
大人のワガママに文句言わずに付き合えば『お利口さん』で、そうじゃなかったら『悪い子』扱いされるんだよ」

「え!? そんなのオカシイよ」


ひとしきり話して、幾分すっきりしたようだ。
さっきまで耳を素通りしていたはずのあたしの言葉に反応した。


「オカシイけど、そうなんだよな。
でさ、これをどうにかするには、多分大人になるしかない、とあたしは思うんだ」

「ええー、そうなの?」


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