いつかの君と握手
ひょいと肩を竦めて言うと、張り詰めた表情が、一瞬緩んだ。
それに対して、小さく頭を下げた。


「ごめん、イノリ。あたしにもわかんない。

あたし、まだあんたと一緒の子どもなんだ。
だから、加賀父たち大人の考えてることが、ちゃんと理解できない。納得できない。
イノリがこんなに頑張ってるんだから、加賀父が一緒にいてあげたらいいじゃん! って思うんだ。
でも。でもね?」


一旦言葉を切って、イノリの瞳を覗き込んだ。


「でも、きっと、大人の言うことを聞いておいたほうがいいんじゃないかな、と思う。
大人ってワガママ言うけど、勝手なこと言うけど、でも、子どもに本当に悪いことは言わないんだよ。
子どものためを思って言ってる、それがワガママのように思えることもあるんだ。

あの父ちゃん2人の考えてることだぞ。イノリにとって悪いことを勧めるわけがない。

だから、今回のこともイノリのことを考えた末のことなんだから、それに従うのが正解なんじゃないか?

って、ごめんな。あたしまであんたの嫌がること言ってるよな」


素直な気持ちだった。
イノリの求める回答じゃなかったかもしれないけど、でも真剣に考えた答え。


イノリは考え込むように、ついとあたしから視線を外した。
暗闇を見つめる。

やっぱり、不満だっただろうか。
あたしの言ったことで、イノリが益々意固地になってしまったらどうしよう。
絶対に帰らない、ってごねたりとか。
無理やり抱えて帰るしかないか。
うーん、でも。うーん。


「……いつか」

「へ? なに、イノリ」

「いつか、ぼくにも父さんたちの気持ちが分かるようになるのかなあ」


視線が戻ってくる。
その眼差しは、何かふっきれたような色が見えた。


「分かると思うよ。イノリが大人になったときに」

「そっか」


こくん、と頷いた。それから、


「ぼく、おおさわの家に行く」


はっきりと告げた。


「へ?」

「おおさわの家に行く。おおさわの父さんと暮らしてみる」


はて、これは一体どうしたことか。
自分がまともな説得ができたとは思えない。

ということは、この子はあたしとの会話で勝手に答えを見つけたんだろうか。
なんというか、すごい。


「い、いいの?」


つい、イノリの意思を確認してしまう。
だってだって、ついていけてないんだもん、あたし。
いつ考えを変えたのか、皆目見当もつかない。


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