いつかの君と握手
「あのなあ、大人の男ってのは、状況判断ができるもんだぞ。
自分だけで移動できないとなれば、きちんと他の人の手を借りる。
恥ずかしいとか、みっともないとか、そういうのはワガママなんだ」

「…………」


少年はむう、と唇を引き結んだ。
どうにも納得がいかないらしい。

さて、どうしたもんかねー。
さっきより頑なじゃないか。


「うーん……、いずれさあ、イノリはあたしよりおっきくなるよ。ひょいっとおんぶできるくらいにさ。
そのとき、あたしが怪我とかして困ってたらおんぶしてよ。
今回のことは、貸しってことで、いつか絶対に返して?
それで、今回は納得してくれないかな」


こんな提案じゃ受け入れないかなー、と半ば諦めながら言った。
しかし、イノリの瞳がキラリと光った。


「ぼく、ミャオよりおっきくなる?」

「当たり前だろ。だからさ、そのときははイノリがあたしをおんぶしてよ。いや?」

「ううん、いやじゃないよ」

「そか。じゃあ、よろしく」


ふう、ようやく機嫌が直ったか。


「しかし、イノリ」

「なに?」

「おまえ、『おれ』って言うんじゃなかったのか。いつの間にか『ぼく』に戻ってるけど」

「……っ!」


不覚! というように、少年は顔をしかめた。
悔しそうに唇を噛む。

新しい自称が定着するまでには、もう少し時間がかかりそうだ、その様子にくすりと笑った。


「ミャオ、いつから気がついてたのさ?」

「え? ええと、ついさっき、かな?」


すっとぼけて答える。
疑わしそうにあたしを窺っていたイノリだが、問い詰めても仕方ないと思ったらしい。
ため息を一つついて、


「これからは気がついたらすぐに教えてね! おれも気をつけるけど!」


と言った。


「はいはい。気をつけます」

「うん。そうして!」

「じゃあ、とりあえず行きましょうか。ほら、乗りな」


改めてイノリに背中を向けると、今度は素直に背中に体を預けてくれた。
細い腕が首に巻きつく。


「よし、帰ろうか。あ、懐中電灯はイノリが持ってくれないか?」

「うん。ミャオの足元に向けたらいいんだよね」


懐中電灯を手渡してから、よいしょ、と立ち上がる。
お、意外に重みがあるんだな。
少し体が傾いだが、どうにか体勢を整えた。


< 149 / 322 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop