いつかの君と握手
「そう。あたしも自分のお家に帰らなくちゃいけないの。だけど、このままだと帰られなくなっちゃうんだ」

「ミャオのおうちって、どこなの?」

「へ?」

「ミャオのおうちだよ。どこにあるの?
おれの家……ええと、おおさわの家の近く?」

「あ、ええと、大澤の家って、どこ? K駅の近く?」


こくんと頷くイノリ。
それなら、あたしの家からさほど遠くはないかもしれない。


しかし、それは9年後のことで、この時代ではあたしは遠く離れた県に住んでいる。

それに、あたしが再びイノリに出会うのは約9年後。
しかもあたしはイノリを知らないときたもんだ。

うーん、二度と会えないくらい遠くに行ってしまうようなもんだよな。


「ミャオ? ちかいの? すぐ会えるくらい近いとうれしいなあ」


えへへ、と顔をほころばせて笑うイノリに、ちくりと胸が痛む。
会えない、んだよね。
少なくとも、目の前の、無邪気に笑うあんたにはもう会えない。


「……ちょっと、遠い、かもなあ」


言葉を選びながら、ゆっくり告げると、笑顔がさっと曇った。


「遠い、の?」

「うん……。簡単には、会えない場所なんだ」

「そんな……」


呆然として、けれどすぐにイノリはぎこちなく笑ってみせた。


「じゃ、じゃあ夏休みとか、冬休みには会える? ミャオのいるところまで、おれ会いにいくよ。父さんたちや、三津さんたちに頼むよ。ううん、今度こそ電車に乗って、一人でも行くよ」

「ごめん。無理だよ。だってすごくすごく遠いんだ」


頑張って答えた男の子の希望を、痛みを覚えながら否定する。

ごめん、ごめんね。


「っ! が、がいこくとか?」

「まあ、そんな感じ、かな」


力なく笑った。
寂しい、なあ。こんなに慕ってくれる子に、あたしはもう二度と会えないんだ。


俯いたイノリの、小さな頭にそっと手をのせた。
柔らかな髪が、汗で少し湿っていた。
この頭に触れることも、もうできない。


「がいこく……。じゃあ、大人になれば、会いにいける?」

「え?」


俯いたまま、ぽとんと呟いた。
小さな声に問い返すと、


「おれが大人になったら、ミャオに会いにいけるよね? 飛行機にも船にも一人でのれるようになったら、会いにいけるよね!?」


がば、と顔をあげた少年は、真っ直ぐにあたしの目を見つめていた。
また会えると信じている、迷いのない瞳。

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