いつかの君と握手
もそもそと起き上がって、バッグの中から加賀父のくれた包みをとりだした。

ふむ。愛妻弁当を食べる夫の気持ちって、こんな感じなのかしら。
って、加賀父はあたしの奥さんなんかじゃないんだけどー、うははー。

うふ、うふふー、と傍から見ればさぞかし怪しいだろう笑みを浮かべ、手毬模様の布を解く。
中には大きめのお弁当箱。ずっしりと重たいそれの中身を想像するだけでにやけてくる。
これを加賀父があたしの為に……。ああ、恐れ多くも勿体無い。

美味しく完食させて頂きます!


「ようし、開けちゃうぞ、えい!

…………うわあ、ダイナミックぅ……」


かぱ、とフタを取るとそこには真っ黒の塊。
いや、海苔をこってこてに巻いたでっかいおにぎりがででんと鎮座していた。
これ、イノリ(小)の顔くらいでかいんじゃないの……?

持ち上げてみると、やっぱりでかい。
つーかでかすぎ。こんなでっかいおにぎり、初めて見た。


「……ぶっ」


呆然と眺めていたのだが、ぷつんと何かが切れたように笑いの波が襲ってきた。
息ができないほどの大爆笑。


「な、なんでこんなにでかいおにぎ……っ、あはは! 腹いてえ!」


一体どんな顔してこんなでかいおにぎり握ったんだ、あの人。
つーか、弁当箱にみっちりと詰まったのがおにぎり1つって、何それ。
おにぎりの消えた弁当箱は今やご飯粒1つ残っていない空っぽで、それを見ただけで笑えてしまう。

予想外。完全に予想外だよ。
やっぱすごいよあの人。
笑いすぎて、口からヒイヒイと変な声しか出なくなったころ、ようやく波がひいた。
しかしおにぎりと弁当箱を見比べたら、波が再びじわりと寄せてくる。


「と、とにかく食べよう」


弁当箱を視界の外に押しやって、おにぎりに噛み付いた。
罰ゲームドライブ中に買ったペットボトルのお茶も取出し、このでかいおにぎりを飲み込んでいく。

海苔の内側はご飯がぎゅうっと握られていて、食べ進めると何種類入れたんだ、というくらいの具が登場した。
梅・おかか・こんぶ・高菜・焼きたらこ・ツナマヨ。
えー、入れすぎなんですけどー。いや、美味しいからいいんだけどさあ。
くすくす笑いながら食べる。


もぐもぐと口を動かしながら考える。
しかし、現実って言うのは、時として色んなことが一気に押し寄せてくるのだなあ。
まるでこのおにぎりみたいに。


この時代では、あたしは前日まで大澤はただの大澤だと思っていたし、大澤の家庭なんて興味もなかった。
朝起きて、K駅に行って、ごく普通に校内行事に参加するのだと、漠然と思っていた。

なのに、そうはならなかった。

瞬き一つする間に時代を遡り、いくつもの出会いや問題に出会い、たくさんの経験をし、最後には山で遭難しかかるということまでやってのけた。
トマトパスタ(あれ? 正式名称何だっけ)にだって乗ったし、再び瞬きすれば元の時代に帰ってこれた。
そしたら数時間前に別れた人が大人になってて、しかも父親になってた。



……うん、短い間に色々ありすぎだよなー。

結果、今や大澤はただの(意味不明な)クラスメイトではなくなって、『イノリ』という特別な少年の成長後だと知ってしまった。
あまつさえ、あたしは今その大澤の父親が作ったおにぎりを食べている。
参加してるはずの校内行事だって一人別行動状態で、こんなところでのんびりおにぎり齧ってるのだ。


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