いつかの君と握手
地下から汲み上げられているという温泉は、都合のいいことに『打ち身』に効くらしかった。ほほう、じっくり浸かってやろうじゃないか、と思ったのに、残念。テーピングでガッチガチの足には川上先生の手でラップが巻きつけられてしまった。
足を包むビニール袋まで渡されて、お湯に浸けるなと言われた。

ビニール越しに、効くかな。無理だよな。


「……ええ!? 本当にぃっ?」


あたしは今、賑やかしい大浴場の隅っこにいる。
隣には、頭にシャンプーの泡を残したままの琴音。
大きな声をあげたのもまた、琴音だ。


「本当なの、ミャオちゃん!」


「うーん。軽い冗談、とかではないみたい。結構真面目な顔だったし」


シャワーヘッドを頭に向けてあげながらもぐもぐと言うあたしの手を、琴音はがっしと掴んだ。
その目は異様にキラキラしていた。


「穂積くんって、見る目あるよ!」

「はぁ?」

「ミャオちゃんに目をつけるって、なかなかの才能だよ! うわー、ドキドキしてきたあ!」

「なに言ってんのさ。ほら、頭出して」


珍しく興奮した様子の琴音の頭に、えい、とお湯を濯ぐ。


「あぶぶ……。ホントだよ? ミャオちゃんの良さに気付いたなんて、穂積くんのこと見直したなあ、あたし」

「良さ、ねえ? 至って普通だけどね」

「ちょっとおじいちゃんくさい趣味があったり、言葉遣いが乱暴だったり、家庭的じゃなかったりするけど、あたしはミャオちゃんのことすごく魅力的な女の子だと思うもん」

「あれ? 何気に悪口言われてね?」

「そんなことないよ! 誉めてるんだよ!」


ぷう、と頬を膨らませる琴音に苦笑した。


「って、そんな方向に話したいんじゃなくてさー。
おかしいと思わない? って言いたかったんだってば、あたしは。
急にあんなこと言い出すなんて、理由があるはずでしょ?」

「ん? 理由、かあ。むー。確かにそう、かなあ……」


コンディショナーを髪に馴染ませながら独りごちる。
むう、と唇を突き出すのは、考え事をするときの琴音の癖だ。


「昨日まではミャオちゃんのことを意識してる様子、なかった気がするもんねえ」

「だよね!? あたしもそう思ったんだ!」

「うー……ん。あ。もしかして?」


はっとして、あたしに顔を向ける。


「なに? 思い当たることある?」

「もしかしたら、大澤くんじゃないかなあ?」

「は?」


どうしてここにイノリが関係あるんだ?
首を傾げたあたしに、琴音は何度も頷いてみせた。


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