いつかの君と握手
「んー、いや、大澤と約束してるんだ」


何気なく言ったのだが、マズかったようだ。


「はあぁぁぁあっ!?」


琴音の絶叫が浴場内に響いた。
視線が一気に琴音に集まったが、周囲にはお構いなしにあたしの腕を掴んだ。


「な、なに? びっくりすんじゃん」

「びっくりしたのはこっちだよお! 一体2人に何があったのおっ?」


え。
しまった。言うべきじゃなかったのか。


「べ、べつに? つーか、さっきはあたしが話すまで待つって言ってなかった?」

「だってだって、そんな急展開は想像してなかったもん! お風呂上りに待ち合わせする仲って何よう! 一晩の間に2人に何が起きたのお!?」

「ちょ! 誤解を招くような言い方すんな!」


慌てて琴音の口を塞ぐ。
きょろきょろと辺りを見渡すが、誰も琴音の台詞までは聞いてはいなかったようだ。
訝しそうに見ていた人たちも、興味を失ったように視線をそらしていった。
よし、大丈夫だ。
不満そうにあたしを見つめる琴音から、手を離した。


「視線集めるから、もうでかい声だすなよ?」

「んー、分かったけどお、じゃあ、何があったのよう」

「えーと、だな。そう、そうだ、親に訊いたらさ、子どもの頃に大澤に会ったかもしんないって分かったんだ。
で、今朝助けてもらったときにその話を大澤にしたわけ。そしたら詳しく話せないかってことになったんだ。その約束がさ、自由時間ってわけですよ」

「え、そうなの?」


とっさに口をついてでた話は、案外信じてもらえたらしい。
琴音は大きな瞳をますます大きくして驚いていた。


「そうなのだよ。覚えてなかったんだけどさ、K駅に行ったことがあったらしいんだ。はは、意外だよね」

「ってことは、大澤くんは本当にミャオちゃんのことを知ってたってこと? ミャオちゃんが忘れてただけかもしれないの?」

「ああ、うん。まあ、そんな感じ」


イノリは本当にあたしを知ってたわけだしな。
嘘じゃないよな、うん。
へへ、と笑ったあたしに対し、琴音はめっと目に力を入れた。


「笑い事じゃないよお。じゃあ、ミャオちゃんが全面的に悪いんじゃん」

「う、まあ……」


あんなに大澤くんのこと睨んじゃってたのにい、と非難めいた口調で言われて、もごもごと口ごもる。


「だからさ、その、詫びもしないといけないかなーとか、ね。思う次第なんです」

「そうだねえ。それは、ごめんなさいって言うべきだよ」

「ハイ……、じゃあその、行ってこようと思います」

「はい! 行ってらっしゃいっ」


ぶんぶんと手を振る琴音に見送られて、大浴場を後にした。


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