いつかの君と握手
加賀父がくれたのは、シンプルな黒のTシャツだった。
サイズもぴったりだし、なかなかあたし好み。
これは一生大事にすることにしよう、と心に決めつつ、ロビーの脇にあるベンチに座っていた。

花火目的の生徒達が何人も目の前を通り過ぎていくのを見送る。
ふむ、カップル率高えな。
入学してまだ3ヶ月だっていうのに、みんな素早いなー。


「花火、したいの?」

「んあ?」


声がした方を見ると、穂積が立っていた。


「あれ、穂積。どうかしたの?」

「風呂上がりに通りかかったんだけど、美弥緒が一人きりだったから、つい声かけちゃったんだ。
大澤、まだ来ないの?」

「うん。まあ、時間を決めてなかったしね。あたしが早く来すぎたみたい」

「そっか。大澤が来るまでここにいてもいいかな?」


隣のスペースを指差されて、頷く。
まあ、断る理由もないし、イノリが来るまでならいいよな。


「いい、けど。でも、予定ないの? 花火とか」

「予定はないよ。だいたい、男だけで花火やっても楽しくないしね」

「穂積なら、一緒にやろうって言う女の子くらいいるだろ」

「あはは。さっき告白した女の子にそんなこと言われるとはね」


爽やかに笑って、あたしの反応を窺うように視線を寄越した。


「美弥緒が一緒に行ってくれるなら、喜んで行くんだけど?」


整った顔に浮かぶ、警戒心を抱かせない柔らかい笑み。
普段と少し艶の違う、甘やかな声音。
うーむ、優秀なハンターですね、穂積さん。

こういうことに抵抗力の低いあたしには、刺激が些か強いようです。
心臓が一瞬跳ね上がりました。

がしかし、だ。

さっきの琴音との会話を思い出せば、こんなのへっちゃらなのだ。
これは本心からの言葉ではないのだ。裏があってのことなのだ!
惑わされるな、美弥緒!


「えーと、知っての通り、先約がありましてですね」

「そうなんだよね。残念」


ひょいと肩を竦めて見せてから、ふいにあたしの髪に触れた。
くるりと指に髪を絡める。


「へ? ほ、穂積さん……?」

「髪、ちゃんと乾かさなかったんだね。まだ濡れてる」


うおおおおぉぉい! それは反則だって!
そういう直接攻撃はダメだって!
さすがに動揺するって!


「あああ、あの、適当にブローしただけなんで、その」

「せっかくの綺麗な髪なのに、ダメだよ。でもこの無防備さは好きかも」

「い、いや無防備っつーか、無頓着なだけでして、その」


ちょ。なんだこれ。
どんだけ経験積んでんだ、この人。甘い言葉をてらいもなく口にしやがる.


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