いつかの君と握手
俯いていた柚葉さんの体が小刻みに揺れている。
耳をすませば、くっくっと笑い声が聞こえた。


「あのー、柚葉さん? そろそろこっち側に帰ってきてくださいよ」

「ご、ごめ……、でも楽しすぎて、さあ」


楽しい、って。
こっちはすんごく真剣に悩んでるんですけどー。
これからの学校生活を左右するんじゃないかってくらいの問題なんですけどー。

はあ、とため息をついて、ベビーベッドですやすや眠る美花ちゃんの頬を撫でた。



――――親睦旅行から一週間が過ぎた日曜日。
あたしは柚葉さんと三津の住んでいるマンションに遊びに来ていた。

9年ぶりの(あたしにとっては一週間ぶりの)再会は、色々衝撃的だった。
なにしろ二人は結婚し、子どもまで生まれているだ。

巨乳なうえ、美人で気立てのよい柚葉さんが三津と結婚してしまったなんて。
あまつさえ子どもまで成してしまったなんて。
別れた、なんて言われるよりはよほど嬉しいのだが、だからって三津なんかに! 三津なんかに! と思ってしまうのだ。
だって柚葉さんは三津にはもったいない。

だってだって、30代に突入した柚葉さんというのが、これまたすんげえ美女なんだもん。
艶やかさが増したというか、色気が増量したというか、とにかくエロい。
それに加え、美花ちゃん出産のせいなのか胸はこれでもかというくらいでかく、ともすれば破裂するんじゃないかというほどのものなのだ。

三津ってば柚葉さんを手に入れた時点で一生分の幸福を使ってしまったんじゃないだろうか。

とも思ったのだが、三津の底力、恐るべし。
あたしでも名前を知っている、地元では結構有名なイタリアン料理店のチーフコックという肩書きを手にいれていたのだ。

聞けば、三津は役者への道は早々に諦めてしまったのらしい。
まあ、ああいう煌びやかな世界では、成功する人間はほんの一握り、極々僅かだというしな。残念だと思うが、それも仕方のないことなのかもしれない。

で、三津は副業だったコックの仕事を、本業にしようと決めた。
元々料理が好きだったこともあり、それまで以上に仕事に身を入れ、イタリアに3年ほど留学までしたそうだ。
壁に掛けられた写真を見れば、金髪碧眼まつ毛フッサアァァ、ケツアゴのおっさんと肩を組んで笑顔で写っている。
イタリアでの、三津の師匠と呼べる人なのらしい。

なんだかすげえぞ、三津。
3年という長い期間を異国で頑張ったことも、遠距離恋愛だっただろうにこの柚葉さんを繋ぎとめたことも。
素直に誉めざるをえないよ!!
二人の間にどんなラヴストーリィ☆ があったのか、興味が尽きないよ!

そうなってくると、あのオサレっぽいヒゲも全然受け入れられる!
かっこいいってもてはやしてやんよ、三津!

今日は仕事で不在だというオサレヒゲに、尊敬の念を送っておいた。


そんなヒゲと美女は、半年前に結婚したのだそうだ。


『できちゃった結婚なのよー。それまでは二人とも仕事に熱中しててさー、だらだら同棲してたのよね』


なるほどー。


『どうせならみーちゃんに再会してから結婚しよっか、なんて言ってたのにさ、上手くいかないもんよねー』


けらけら笑う柚葉さんから、結婚写真を見せてもらった。
畏まって強張った顔の三津の横で、ふんわりしたドレスを身につけた柚葉さんが穏やかに笑っている、すごくいい写真だった。
すでにお腹が大きくなり始めていたので、写真撮影だけで式はあげなかったそうだ。
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