いつかの君と握手
「は? じゃなくて。祈くんに返事したの? って訊いてるの。
『付き合います』、とか『あたしも好き』とかさー」

「ひゃうあぁ!?」


声が裏返った。
なんてこと言うのだ、この人は。


「い、言うわけないじゃないですか! そんなこと!」

「えー、なんで? 告白されたら返事をしなくちゃでしょ」


柚葉さんは不満げに唇を尖らせた。


「祈くんのこと、嫌いなわけじゃないんでしょう? じゃあ、OKすればいいじゃない。子どもの頃から知ってる仲なんだしさー」

「ちょ。子どもの頃『から』じゃないですって。子どもの頃『を』ごく狭い期間知ってるだけです」

「みーちゃん、こまかーい」

「細かくないですよ!
あたしからして見たら、数日一緒にいた男の子が、瞬きする間に自分より大きくなっちゃってるんですよ?
そんな子から急に恋愛対象として見ろと言われても、びっくりするばかりですよ」

「急、急かあ。うーん、そうかあ」


必死のあたしの言葉に、ふむ、と柚葉さんが考えこんだ。
顎に手を添え、じっとテーブルの一点を見つめている。
かと思えば、ぱっと顔を上げた。


「確かに、みーちゃんからしてみたら急な話、なのかもしんない。
アタシたちには9年の歳月があるけど、みーちゃんにはついこの間、数日前の話なんだもんね。
急展開すぎ、てことかあ」

「そう! そうなんですよ。だからですね、混乱するばかりで整理がつかないんです!」


納得してもらえたことが嬉しくて、思わず柚葉さんの手を握った。

小学生のイノリはよく知っているが、高校生のイノリについてはほとんど知らないし、その二つの点の間に関していえば、全く知らない。
その結果、あたしの中では小学生イノリのイメージが強すぎるのだ。


小さくてかわいくて、でも少しマセてて、甘えん坊だけど紳士の男の子、それがあたしのイノリだ。
子犬のように懐き慕ってくれた、あたしにとって思い入れの強い大切な子、と言ってもいい。

それが、あたしよりも断然大きくて、しかも手が早くて仏頂面で空気を読まない男に、まさに瞬間的に成長したというのは、どうにも受け容れ難いのだ。

頭で理解はしているつもりではいる。
イノリ大・小の間にきちんとイコールは入っているし、二人は成長を遂げただけの同一人物だということは、承知している。
でも、感情がそれに追いついていかない。


「そんなことじゃあ、まだ祈くんの告白すらも、受け入れられる状態じゃないわよねえ」

「今のあたしは、イノリと言われたら真っ先に頭に思い描くのは、ちっちゃいイノリなんです。弟みたいな、まだかわいい子どもなんです。
それなのに、男女の好き、とか言われても返事も何も……」

「むむう……、そう、かあ。そういう問題があったのかあ」


考えが足らなかったわ、と柚葉さんは腕を組んでため息をついた。


「まずは、みーちゃんの中で二人の祈くんを完全に同一化しないといけないわけね。
でも、どうしたらいいんだろう。
あ。時間が解決するのかな。ちび祈くんと過ごした時間よりも多く一緒にいる、とか」

「あ、いやそんな、別に無理にどうこうしなくてもいい、かな、とか」


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