いつかの君と握手
しかしそれも些細な抵抗だったようで、あっさりと現実に引き戻された。
穂積と言い争いの最中だったはずのイノリが、当然と言わんばかりの口調で、


『お前らうるせーんだよ。俺はあいつのこと好きだけど、それが何だよ』


と言い放ちやがったのだ。挙句、


『それに、田中。言っとくけど、あいつは俺のだ』


などと付け足した。

ぎゃー! と周囲は盛り上がり、悠美と神楽は信じられないというように顔を見合わせた。
肩をがっちりと掴んでいた手が、するりと離れて落ちる。
捕まっていた琴音が、どうにか逃げ出してあたしの腕にしがみ付いた。

そんな中、穂積は落ち着いた様子でその言葉を聞いていた。
動揺する様子もなく、そういうこと言うのなら、ともったいぶった口調で言う。


『そういうこと言うのなら、オレも美弥緒のことが好きだけど?
だいたい、美弥緒と大澤は付き合ってるわけでもないのに、勝手な独占欲はどうかと思うけどな』

『……やっぱりな。そうだと思った』


ち、と舌打ちして、吐き捨てるようにイノリが言った。


野次馬の騒ぎは留まるところを知らない。
これだけ燃料が投下されたとなると、仕方のないことなのか。
どんどん発展していく状況についていけず、ただ呆然としていた。


『ミャ、ミャオちゃぁん、ごめんなさぁい……』


震えた小さな声がかかり、声の主の琴音が今にも泣き出しそうな顔であたしを見ていた。
瞳にはもう涙が溜まっており、瞬きでもしたらぽろりとこぼれてしまうだろう。


『ご、ごめんね? びっくりして、つい声がおっきくなっちゃって……』

『い、いや、琴音のせいじゃないよ……。
多分きっと、近いうちにこうなってたような気がするし……』


場所や流れは違えど、いつかこういう騒ぎになってしまっただろう、と思う。
穂積は別にしても、イノリの周囲への無関心ぶりと奔放な行動は、前日に充分分かってたしね。

琴音のせいじゃないよと重ねて言ってから、心の中ででっかいため息をついた。

しかし、どうしたらいいんだ、これ。
あたしの人生において、こんな問題と深く関わった経験はない。
観客になることはあれど、主要人物になることなど一度たりともなかった。
そんなもんだから、混乱するばかり、動揺するばかりで全くのお手上げ状態。
お願いだから、事態の収拾方法を誰か教えてよー。


『化け猫ぉ!! あんた大澤くんたちの魂とか喰っちゃったんじゃないのぉ?』

『……へ?』


頭をかかえていると、どこからか意味不明な言葉が飛んできた。


『そうかもー! 妖怪ってお尻から魂の玉を抜いて操るって言うし!
変な力で二人をたぶらかしてるんじゃないのぉ?』

『ちょ。お尻って玉ってヤバくない!? エロー!』


こんな事態を楽しむ性格の人たちがいるらしい。
にゃはは! と愉快そうに笑う声がした。


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