いつかの君と握手
ぐんぐん上昇していく室内温度にいい加減うんざりしたころ、授業が終わった。
しっとり汗ばんだ肌に、制服のワイシャツが張り付いて気色悪い。
こんなんじゃ授業に身が入るわけないっつーの。
じいちゃんが老人会の集まりで貰ってきた鳴沢様うちわを、ばったばったと扇いだ。


「うあー、暑いー」

「森先生、早く来ないかなあ。遅いねえ」


掃除も終わり、残すは森じいのHRのみ。
なのだが、森じいが来ない。
1組なぞ既に帰り始めておるではないか。

きゃいきゃいと楽しそうに帰宅している1組の生徒をぐぬぬ、と眺める。
10分かそこらの差かもしれないけど、羨ましい。

と、紙パックのアイスティーをちゅるる、と飲んだ琴音が、そういえばと声を上げた。


「そういえばミャオちゃん。放課後、大澤くんとどこか行くの?」

「んあ?」

「ほら、今朝約束してたでしょ?」

「ああ。いや、ちょっとね」


へへ、と笑うと、琴音がぷうと頬を膨らませた。


「ミャオちゃんがあたしから離れてくー。親睦旅行の朝から何かかわっちゃったみたいで、琴音さみしーい」

「い、いやそんなつもりはないよ?」

「じゃあ、なあに? 教えてよう、ミャオちゃん」


ちろりと横目であたしを見る琴音。


琴音には結局タイムスリップのことは言えていない。

いや、一度は言おうとしたのだけど、『タイムスリップしたんだ、あたし』と告白した時点で、

『ありえないしー。あたしがそういう話嫌いだってこと、ミャオちゃん知ってるよねえ?』

と不快感を露にされ、あっさりと切り捨られたのだ。

なので、イノリとどうしてこんな関係になったのか、とか上手く説明できていない。

琴音の中では、幼い頃にあたしに出会ったイノリがあたしに恋をし、その想いを今まで抱えてきた。そして高校で運命の再会を果たした、とかそういう感じのストーリーが出来ているらしいのだが。
まあ、それはあながち間違っていないし、どちらかといえば微妙に真実に被っているので、それを否定してないのだけど。


「ええと、あの、あれなんだ。両親から9年前の話の新エピソード的なものを聞いたので、それを教えたくってさ」


考えつつもたもた答えたあたしを、琴音は別の意味にとったらしい。
むふ、と妙な笑みを浮かべた。


「そっかぁ。そういうことかあ。うんうん、二人の大事な思い出だもんね。秘密にしたいところだよね」

「は!? い、いやそんなんじゃないし!」

「照れなくていいってばぁ。大切な思い出ほど、しまっておきたいよね。ごめんね、変なこと訊いちゃった」


ぬう。何か勘違いしとる。
しかしここで否定しても、まともな説明はできん。

言葉を返せずに、琴音の手から紙パックを奪い取り、じゅるると飲んだ。


「ぬあ。温いな」

「今日は暑いからねえ」

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