いつかの君と握手
あっという間に教室内にはあたし一人きりになってしまった。
静まり返った教室に、じゅわじゅわという蝉の声が一際大きく響く。

イノリが行ってしまってから既に30分が経過していた。
むう。今日は待たされる一日なのか。
こうしているのも退屈だし、イノリについて行って手伝えばよかったなー。

教室の隅に放られていたジャ●プを読んで時間を潰そうとしたものの、普段読まないから内容が全然分からず。
仕方がないのでギャグマンガだけ拾い読みして、元に戻した。
いまいち笑えなかったのは、あたしが成長したってことかなー。
ジャ●プの卒業は大人の階段を一つ登った証拠、なんてなー。

つーか。


「のどかわいた……」


常温のレモンティーじゃ、乾きは潤わなかった。
こんなときはそう、冷たい緑茶しかない。
きゅうううう、と一気飲みしたい。


「……買いに行くか」


カバン置いてるし、万が一イノリが戻ってきても分かるよな。
財布を握り締めて、教室を後にした。

人気の無くなった廊下をほてほてと歩く。
あ。遠くからブラスバンド部の演奏が聞こえるー。琴音はサックスのはずなんだけど、どの音がサックス? 聞き分けできなくてごめん、琴音。
でも上手いよなー、うちのブラバン。

ふんふん、と鼻歌で参加しつつ、歩く。


「好き、です」


んあ?
今何か聞こえた?


足を止めて、きょろきょろと辺りを見渡す。


「好き、なんだ。大澤くんのこと……」


一階に向かう階段の踊り場に、女の子とイノリがいた。

う。
え。
あ。

こ、これは、告白ってやつ……?


思わず、壁際に隠れた。
な、なんかとんでもないところに来てしまった。


「入学してからずっと好きだったんだ。だから、その、ちゃんと気持ち、伝えたくて……」


泣き出しそうなくらいに震えている女の子の声。
ええと、確かあの子は隣のクラスの子だった、よね。
体育の合同授業の時に顔をみた覚えがある。

と、低い突き放すような声がした。


「悪い。俺、好きなやついる」

「……猫娘、だよね?」

「ねこむす……?」

「猫娘。茅ヶ崎さんのことだよ。それは、噂で聞いたから知ってる。
でも、自分の気持ちを大澤くんに知ってもらいたくて……」


はあ、と女の子が大きく息をついたのが聞こえて、その重たさに我に返った。

なにしてんだ、あたし。



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