いつかの君と握手
「おととい……」


呟いた大澤は、ありえないものを見る目つきになっていて、
ご飯粒でも盛大にくっつけてた? と不安になって思わず自分を見下ろした。

白の透かし文字で特徴的なロゴが入ってるだけで、別段変わったところはありませんけど。
あ、少し濡れてるか。でも、下着が透けるほどでもない。


「これがどうかした? 似合わないとかそういうことだったら、容赦なくぶっとばすけど」


Tシャツから大澤に顔を向けて、思い出す。
あ、そういやこいつ、昨日さんざんあたしを睨みつけてきやがったんだっけ。
疑惑を晴らす手伝いもしてくれなかったし。
女の子たちから痛いくらい疑いの眼差しを向けられて、大変だったんだからな。


「あのさー、この際はっきりさせておきたいんだけど」


今、ここにはあたしと大澤しかいない。
話をするにはうってつけなのかも。
3ヶ月に渡る問題を、今ここで解決してやろうじゃないか。

居住まいを正して、未だあたしの服装を凝視している大澤に言った。


「昨日、両親にも確認したんだけどね。9年前、あたしら家族はここには来たことないってさ。だから、大澤とあたしが出会ってる可能性、ゼロなわけ。

ってことは、大澤の知ってる子とあたしは、全くの別人なんだよね。

で、あたしも色々考えてみたわけ。
まず仮説1なんだけど、世の中には3人、自分と同じ顔の人がいるって言うじゃん?
それなんじゃないかな。
あたしって典型的な日本人顔だから、同じ顔してるっていう3人もきっと日本人だと思うのね。
その3人のうちの誰かが、大澤の探し人なんだよ。

次、仮説2ね。
9年あれば、女の子なんてすんごい成長遂げちゃうわけよ。
その時あたし似だったかもしれないその子も、今じゃあたしと似ても似つかぬ美少女に姿を変えてるかもしれないのね。
あ、残念ながらその逆もありなんとも思うけど、まあ、そこら辺は時間の責任だしね。
誰を責めることでもないよ。だって9年だからね。生まれたての赤ちゃんがランドセル背負えるようになるほどの期間だからさ。

まあ結局あたしの言いたいことはね、あたしはあんたとは無関係の人間ってこと。うん」


反応のない大澤に、ぺらぺらと話して聞かせる。
まあね、嘘みたいなありえない話してるよなー、って自覚は、自分でもありますよ。
でも、あたしが大澤の考えている人間じゃないのは確認済みなんだから、そういうことなんだと思うしかないよね。


「オマエ、その服さ」

「は?」


まだ服見てたの? ってか、気に入ったとか?
同じデザインはメンズにはなかったと思うけどなー。残念だけど。
大澤の体つきじゃあレディースサイズは絶対無理だろうし。
じゃなくて、今のあたしの説明、ちゃんと聞いてくれてました?


「大澤、ちゃんと聞いてく」

「同じだ。オレが知ってるミャオのものと」

「れてる? え、いや、何……何て?」

「一緒だ。その服装。俺の記憶と、一緒」

「え? だって9年前のことだよね? このTシャツ、今期の新作だよ?」

「でも、一緒だと思う。そのTシャツのロゴも、ベルトのバックルも、記憶にある」


少し、ぞくりとしてしまった。
ちょっと不思議な話とか、スピリチュアルな話とか、怖い話とか、すこぶる苦手なのだ。
大澤の知っている人が、9年前にあたしと同じ服装をしていた、なんてちょっと笑えない。
つーか、怖い。そういう話って、無理。
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