いつかの君と握手
「ええと、あれ? 君が助けてくれたの?」

「え? ぼくが、なんですか?」

「いや、あたしさ、車に轢かれかけてたっていうか、衝突寸前? だったでしょ」

「車って、ここ、歩道ですよ?」

「え?」


見渡せば、あたしが立っているそこは確かにレンガ敷きの歩道だった。
縁石を挟んだ向こう側で、車が走っている。


「あれえ?」


何で? 確かに車があたしに迫ってきていたのに。
もうちょっとで衝突するはずだったのに。


「おねーさん?」


自分の位置と車道を交互に見ていると、訝しげな男の子の声。
心配そうにあたしを見上げている。


「えー、と? で、きみはなに?」

「だから、ぼくがおねーさんにぶつかっちゃったんです。あの、すみませんでした」

「え、きみが?」


あの柔らかな衝撃は、車じゃなくってこの子がぶつかってきたものだったのか。
そうかそうか。車じゃなくってこの子かあ。
って、いつの間に車が子どもになったの?


「あの、どこか痛むんですか?」


わたわたしているあたしに、男の子が不安そうに眉根を寄せる。


「あ、ううん、全然痛くない。平気平気。ごめんね」


へらりと笑ってみせると、男の子はよかった、と胸を撫で下ろす仕草をした。


「よかったです。ぼくぼんやりしてたから、ごめんなさい」

「いいよ、そんなの。引き止めるようなことしてごめんね」

「いえ。それじゃあ」


ぺこんと頭を下げて去っていく少年に手を振りながら、さっきまで自分がいたはずの車道に視線をやる。

おっかしいなあ。
あそこにいて、車が迫ってきていたはずなんだけどなあ……。


「ん? あ、雨止んでる」


そういえば、土砂降りだったはずの雨が、すっかり止んでいる。
って、あれ? 地面、乾いてない?


「ええ? なんでえ?」


足元に転がったあたしのバッグは雫を残しているというのに、地面も街路樹も、濡れた形跡がない。
空は青々と晴れ渡っており、通り過ぎる車のウインドウにも、水滴一つついていない。
だけど、肩に手をやれば、しっとり湿っている。


「……つーか、大澤は?」


危ない! なんて叫んでいたくせに、いないんですけど。
瞬間移動? ないか。
あいつ、あたしが轢かれかけたというのに、無視して行ってしまったとか?

うわ、冷血な奴。絶対追いかけてくるな、とは言ったけど、そこは臨機応変。
大丈夫だったか、とか何とか声かけるのが日本男児の優しさではないだろうか。

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