いつかの君と握手
「覚えてなさいよ! 絶対だからね!」


言い捨てて、葵ちゃんはだっと駆け出して行った。


「あ、葵ちゃ……」


背中に声をかけても、葵ちゃんは振り返ることすらしてくれなかった。
あっという間に小さくなっていく背中。


「うーん、彼女もけっこう熱い女だよねー。あはは」


横に並んだ穂積があっけらかんと笑った。
それを見上げて訊く。


「穂積さ、もしかしなくても、葵ちゃん焚きつけたよね?」

「うん? そりゃそうだよ。仲間は多い方がいいしね」


爽やかな笑みですが、本当に爽やかなんでしょうか、穂積さん。


「ホントはね、美弥緒にあんまりひどい事言うから心折っちゃえって思っただけなんだけどね。いやー、強い子だね」


折っちゃえ、って。怖っ!
怯えたあたしに、穂積は「それより」と言った。


「これからどうするの? 大澤に電話でもするわけ?」

「あ。う、ん。その、つもり」


穂積の顔を見た。


「あの、さ。さっきも言ったけど、あたし、穂積には応えられないと思う」

「そこから状況を逆転させるのも楽しいよ。オレ、人のモノ盗るの、好きな性質なんだ」

「うあ。はっきり、言うね」

「うん。だから、美弥緒も覚悟してて。ここからはふざけずに真剣にいくから」


にっこり笑った穂積は、あたしの額に触れるだけのキスを落とした。
温もりを残して離れた唇に、顔が一気に赤く染まる。


「な! なぁぁぁぁ!?」

「これは挨拶みたいなもの、かな。じゃあね」


ひらり、と手を振って、穂積は去って行った。
その足取りは軽い。

額に手をやったあたしは、それを呆然と見送るしかなかった。


「な、なんなんだ、もう……」


ふざけずに真剣、って、じゃあ今までのあれはなんだったんだ。手抜きってか、おい。

ていうか、この怒涛の一連の流れはどうなっとるんだ。
自分の気持ちを確認するわ、マザーテレサにこてんぱんに言われた上に宣戦布告されるわ、妙な告白されるわ。
あたしの人生、早送りでイベント消化中?
それって死亡フラグへまっしぐらですか? そういうルートに乗ったんですか?


「つか、死ねないし!!」


やり残したことたっくさんあるんだよ、こっちは。
夏休みもここからスタートなんだよ!


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