いつかの君と握手
「行くと言うか、行ってる最中。イノリが田舎に行ったって言うから、ちょっと行って謝ってくる」

『えええええええええええ!? い、田舎ってドコ!?』


音が割れた。琴音の声は高いから響くんだ。
キーンとする耳をケータイから離して、続けた。


「K県の田舎。バスが一時間に一本だってさ、すげえよね、はは」

『遠いじゃない! だ、大丈夫なの? 最中ってことはまだついてないんでしょ?』

「うん。まあ、バスが来ればすぐっぽいけど」

『だ、だからって……。これから暗くなるし……』

「へーきへーき。人の気配もないような田舎だし。一応琴音からもらったスプレー持ってるし」


心配性な琴音はそれでも納得いかないらしかった。

大丈夫、平気のやり取りを何度も繰り返し、イノリの家に到着したら絶対連絡するからと言う約束をした頃には、バスが来てしまった。
20分の間同じようなやり取りをしていたらしい。


「あ、バス来た。じゃあ、切るね」

『き、気を付けてね!?』

「りょーかーい!」


山の方から現れたバスは、ロケーション的には某有名アニメの獣仕立てのそれでも違和感ないと思うのだが、残念普通のバスだった。

ふっかふっかのアレならさぞかし楽しい行道になっただろうに、と思いながら乗り込む。
意外にもといったら失礼だが、結構たくさんの人が乗っていた。
一時間に一本とかいうし、利用客が皆無だと思っていたのだ。

あー、逆に一本しかないから利用者が集中するのかしら。
どうでもいいことを考えながら、一人掛けの椅子にちょこんと座った。

ゆるゆると発信するバス。
ふと思って、前に座っていたおばあちゃんに声をかけた。


「すみません、柳音寺って、バス停から遠いですか?」

「ん? ありゃ、それなら△△行きの方に乗ったらよかったのに。お寺さんの真ん前に停まるんじゃけ」

「え! そ、そうなんですか?」


△△行? そんなんあったのか!?


「駅の裏手にもう一個バス停があるんだけど、そっちにね、あったんだわ」


し、知らんかった……。もっと見ればよかった。不覚。


「じゃ、これはもしかして柳音寺には行かないんですか? 一応見たつもりだったんですけど」

「いやいや、裏手側の方にはいくから、ぐるっと回ればええよ。少し歩かなきゃならんけど、あんたみたいに若いお嬢さんなら、大丈夫じゃろ」

「あ、そうですか。よかったー、ありがとうございます」


こちらでも、たいした距離ではないらしい。
ほっとして、背もたれに身を預けた。


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