いつかの君と握手
ことの起こりは、入学式での一人の男との出会いだった。
桜が舞う校舎。
少し大きめの着慣れない制服。
新生活の始まりに多少緊張しながら振り当てられた教室に入ると、そこには人目をそばだてるほどの綺麗な顔をした男がいた。
たくさんいる男子の中で、その男は否が応にも目立っており、おお、同じクラスにイケメンさんがいらっしゃるのかとあたしはこっそり食いついた。
無造作にセットされたアッシュブラウンの髪型、ちょっと鋭い目つき。
綺麗に通った鼻梁の下の、無愛想に引き結んだ唇も、なかなかいい形。
綺麗な中に見え隠れするワイルドな感じ。このバランスの良さはモテるんじゃないの、これ。
見渡せば、女子の大半は彼の気配を窺っており、何人かの美人さんたちに至っては既に互いを牽制しあっているみたいだ。
なになに、これってもしかしてイケメン争奪戦とか開始されたりするんじゃないの。 やだー、いいクラスになったわー。
あたしは残念ながら、美形どころと愛だの恋だの語りあえる関係に発展できるような、見目がよい人間ではない。
純日本的、よく言えば古風な、悪く言えばモブ的な地味な顔立ち。
彼の視界の隅に入っても、背景と変わらない扱いを受けること請け合いな、至極普通、大量生産的女子だ。
では性格はと言えば、極々小市民的思想の持ち主で、なにか特筆することはないかと言われたらおばちゃんじみた好奇心くらいしかないという、これまた無個性な人間だ。
であるので、あたしも争奪戦に参戦! などと分不相応な方向ではなく、彼がこれからきっと起こすであろう、ごたごたした恋愛関係などを学校生活の彩りとして楽しんでやろう、という不遜なことを真っ先に考えたのだった。
しかし。
あたしの思惑と違い、綺麗な男はモブであるはずのあたしを見つけるなり何故か凝視し。 あまつさえ、駆け寄ってきた。
『おい』
『はい?』
ほほう。いい声してるじゃないか。声帯まで男前ってか。
どうでもいいことをちらりと考えながら、男を見た。
おお、近くで見るとちょっと気圧されるくらい魅力的な顔してるなー。
肌のキメも細かいし、うらやましいくらいだ。
しかし、なんだろう、一体。 あんたが一目惚れしてくれるような見た目じゃないけど、あたし。
あ。誰々に似てる、って話なら、アリか。
ありがちな顔みたいだからね、あたし。
のんびりと構えたあたしに反し、男はあたしの顔を不躾にじろじろ見回し、ごくりと息を飲んだ。
次いで、微かに震える声で訊いた。
『な、名前は?』
『茅ヶ崎 美弥緒(ちがさき・みやお)』
簡潔に答えると、男は信じられないというように、天を仰いだ。
その顔は青ざめていて、おや、これは一目惚れなんてドキドキイベント的なものではなく、 恐怖! 悪夢のような心霊体験といった感じじゃね? と思う。
あたしの何に脅えてるってんだ? 失礼だな。
多少、いや結構ムカつくんですけど。 まじまじ見た挙句、その態度はないだろう。
このころには、教室内にいる人間の視線はあたしたち二人に注がれていた。 知り合いでもない風の、バランスのとれない二人が向かい合って立っていて、片方は酷く取り乱した様子。
しかもそれが直前まで女子の視線独り占め野郎とくれば、さもあらん、といったところなんだろうか。
そんなことにお構いナシに、はあ、と気持ちを整えるように深いため息をついた男に、小さく舌打ちした。
いい加減にしてくれないかな。あたしはバケモノか何かか。
未知との遭遇ってか。ふざけんな、おい。 ちょっと顔がいいからって、凡人馬鹿にしてんなよ?
桜が舞う校舎。
少し大きめの着慣れない制服。
新生活の始まりに多少緊張しながら振り当てられた教室に入ると、そこには人目をそばだてるほどの綺麗な顔をした男がいた。
たくさんいる男子の中で、その男は否が応にも目立っており、おお、同じクラスにイケメンさんがいらっしゃるのかとあたしはこっそり食いついた。
無造作にセットされたアッシュブラウンの髪型、ちょっと鋭い目つき。
綺麗に通った鼻梁の下の、無愛想に引き結んだ唇も、なかなかいい形。
綺麗な中に見え隠れするワイルドな感じ。このバランスの良さはモテるんじゃないの、これ。
見渡せば、女子の大半は彼の気配を窺っており、何人かの美人さんたちに至っては既に互いを牽制しあっているみたいだ。
なになに、これってもしかしてイケメン争奪戦とか開始されたりするんじゃないの。 やだー、いいクラスになったわー。
あたしは残念ながら、美形どころと愛だの恋だの語りあえる関係に発展できるような、見目がよい人間ではない。
純日本的、よく言えば古風な、悪く言えばモブ的な地味な顔立ち。
彼の視界の隅に入っても、背景と変わらない扱いを受けること請け合いな、至極普通、大量生産的女子だ。
では性格はと言えば、極々小市民的思想の持ち主で、なにか特筆することはないかと言われたらおばちゃんじみた好奇心くらいしかないという、これまた無個性な人間だ。
であるので、あたしも争奪戦に参戦! などと分不相応な方向ではなく、彼がこれからきっと起こすであろう、ごたごたした恋愛関係などを学校生活の彩りとして楽しんでやろう、という不遜なことを真っ先に考えたのだった。
しかし。
あたしの思惑と違い、綺麗な男はモブであるはずのあたしを見つけるなり何故か凝視し。 あまつさえ、駆け寄ってきた。
『おい』
『はい?』
ほほう。いい声してるじゃないか。声帯まで男前ってか。
どうでもいいことをちらりと考えながら、男を見た。
おお、近くで見るとちょっと気圧されるくらい魅力的な顔してるなー。
肌のキメも細かいし、うらやましいくらいだ。
しかし、なんだろう、一体。 あんたが一目惚れしてくれるような見た目じゃないけど、あたし。
あ。誰々に似てる、って話なら、アリか。
ありがちな顔みたいだからね、あたし。
のんびりと構えたあたしに反し、男はあたしの顔を不躾にじろじろ見回し、ごくりと息を飲んだ。
次いで、微かに震える声で訊いた。
『な、名前は?』
『茅ヶ崎 美弥緒(ちがさき・みやお)』
簡潔に答えると、男は信じられないというように、天を仰いだ。
その顔は青ざめていて、おや、これは一目惚れなんてドキドキイベント的なものではなく、 恐怖! 悪夢のような心霊体験といった感じじゃね? と思う。
あたしの何に脅えてるってんだ? 失礼だな。
多少、いや結構ムカつくんですけど。 まじまじ見た挙句、その態度はないだろう。
このころには、教室内にいる人間の視線はあたしたち二人に注がれていた。 知り合いでもない風の、バランスのとれない二人が向かい合って立っていて、片方は酷く取り乱した様子。
しかもそれが直前まで女子の視線独り占め野郎とくれば、さもあらん、といったところなんだろうか。
そんなことにお構いナシに、はあ、と気持ちを整えるように深いため息をついた男に、小さく舌打ちした。
いい加減にしてくれないかな。あたしはバケモノか何かか。
未知との遭遇ってか。ふざけんな、おい。 ちょっと顔がいいからって、凡人馬鹿にしてんなよ?