いつかの君と握手
「え」


本当の名前ってことは、この子は本当に、大澤(幼少時)ってこと?
マジ、すか?
あんた、本当に大澤なんだ?


「イノリ……、苗字が大澤なの?」

「でも今だけ! 今だけだよ。ぼく、父さんに会って、いっしょに暮らすんだ。あいつのとこになんか、帰らないんだ」

「えー、と。どういうこと、かな?」


必死に主張するイノリの、まとまりのない話の要点をまとめると、こうだ。

イノリの母が、2ヶ月前に亡くなった。
父と2人で暮らし始めたイノリの前に、一人の男が現れた。
この男は、イノリの本当の父親だと言ったらしい。

イノリ母、子連れ再婚した、ということだろうな。
で、死後に実父がイノリの前に現れた、と。

今までイノリが本当の父親だと思っていた人は、血の繋がった人と共にいるほうがイノリの為になるといい、
実の父親にイノリを預けていなくなってしまったのだそうだ。
その時に、イノリは苗字が変わったわけだね。


「ごめんね、さっき。嫌だったでしょ?」


話を聞き終えて、あたしは深く頭を下げた。
母の死についてイノリが語ったとき、話を聞くのがいたたまれなくなるくらい、悲しそうに顔を歪めた。
カバに対しての泣き方が上手いと思ったけど、違ったんだ。
あれは多分、本当にお母さんを思い出して泣いていたんだ。


「いいよ、あれはぼくが勝手にやったことなんだもん」


そう言いながらも、眉は八の字に下がっていた。

そうだよなあ。
6歳の子が大人を言いくるめられるような上手い言い訳なんて考えつくわけないんだ。


「ぼくもさ、一人でいたらあのおじさんに捕まるかもしれないと思ったんだ。
だから、ミャオと一緒だったら助かるかもしれないって思って。
ごめんね、ミャオ」


申し訳なさに俯くと、イノリが慌てたように言った。


「捕まったら父さんを探しに行けなくなっちゃう。だからホントにミャオが気にしちゃダメだよ!」

「え? 父さんを探しに、って、イノリ、父親を探そうとしてるの?」

「うん。だってぼくはやっぱり今までずっと一緒だった父さんと一緒にいたいから」

「いたいから、って……」


まだ6歳だよね? 一人で探すっての?
思わず見渡すが、イノリに同行者がいないのは分かっている。
おいおい、冒険しすぎだろ、6歳児。


「う、うん。ミャオ、ダメだよってとめる?」


きまり悪そうに視線を逸らしたイノリが、声を小さくして訊いた。


「止める、ってそんな。えーと、ちょっと考えまとめさせてくれる?
イノリはこれ食べてな」


お菓子の箱を渡して、胸の前で腕を組む。
目を閉じて、一回ため息。

考えろ、美弥緒。
とりあえず情報整理からだ。


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