いつかの君と握手
『なあ。オマエ』

『なに』


オマエ言うな。
ちゃんと名乗っただろうが。

不満を顔と口調に存分に滲ませてやったが、男はそれに構っている余裕はないらしい。 言い躊躇う様子を見せた後、ひと呼吸置いて口を開いた。


『オマエ、化け猫だったのか』

『ば?』


…………?
…………ばけねこ?

耳を疑い、機能停止したあたしに、男は言葉を付け加えた。


『妖怪の類いだったのか。びっくりした』

『よ?』


いやいやいやいや。 びっくりしたのは、こっちだっつの。
何しみじみ呟いちゃってんの。
女を手玉にとりそうな外見してるくせに、化け猫だの妖怪だのお伽話レベルの生き物の存在信じちゃってんですか。
かっわいい思考回路だな、おい。


っていうか、 初対面の人間に化け猫だ妖怪だと断言されちゃうくらい、あたしって外見ヤバいわけ?


入学式。
高校生活初日。
新しいクラスメイトの見守る中、あたしは何故か初対面の男から『化け猫』認定を受け、それ以来、みんなから『化け猫』と呼ばれる運びになったのでした。
先にも言ったように、バリエーションにも富むようになりました。
一番気に入ってるのは(マシだと思ってるのは)『猫娘』です。
パンツみえるような赤いワンピースなんて持ってないんですけどね☆


……いや、不本意なんですよ。マジで。



――――さて。

入学早々、失礼なあだ名をあたしに与えてくれた男であるが、名前を『大澤 祈(おおさわ・いのり)という。
この男、入学して以来ずっと、あたしを観察している。

ふ、と視線を感じたら、その先に必ず大澤がいるのだ。
大澤が人を化け猫呼ばわりした際、あたしは『精神的な疾患の可能性が大いにあるから病院に行かれたらどうですか』というような内容を少しだけ乱暴に告げた。
あいつはそれに対し、『本当に違うのか』などとしつこく食い下がり。
そろそろこぶしで理解してもらおうか、とあたしが右手をぎゅ、と握った辺りで空気を察したのか、ようやく離れてくれた。

でも、『おかしい』だの、『あれは絶対』だの、わけの分からないことをぶつぶつ言っていたので、本人的には全然納得していないようだったけど。
本気であたしを妖怪だと思っていた様子なのが、非っ常にムカついた。

人様を人外のモノ扱いしちゃいけませんって、母親に習わなかったんだろうか、あいつ。

< 4 / 322 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop