いつかの君と握手
入学式での接触以後、大澤が直接あたしに何か言ってくることはなかった。
同じクラスではあるけれど、あたしに関わってこない。

『妖怪』だの『化け猫』だのは周囲の奴等が勝手に呼んでいるだけで、大澤本人からは呼ばれることもない。

いや、呼ばれたら今度こそ、殴るつもりでいるけどね。
だいたい、女の子に不名誉なあだ名つけといて、一度も謝ってもらってないし。

なので、入学式以来、あいつとの接点は、ない。
しかし、それは表面上でのこと。奴は今も観察しているのだ。あたしを。

自信過剰とかじゃない。
1日1回は必ず目が合うし、何よりあいつ、あたしが気付いても視線逸らさないからね。
じいー、と見てて、あたしが『何見てんだコラ』という意味を込めて眉間に深いシワを刻んだらようやく、つい、と逸らす。そんな感じ。

妖怪嫌疑は奴の中で晴れていないようだ。

もうかれこれ3ヶ月だし、季節も変わろうとしてるんだし、いい加減にしてくんないかなあ、もう。
ここで断言しても仕方ないけど。 あたしは囲碁が趣味の孝三(45)と、コアリズムに夢中の晴子(43)の間に生まれた、れっきとした人間です。
行灯の油なんて舐めないし、二股の尻尾もないかんね。
どんなにじっと見ても、顔から毛がぶわっ、とかもないしね。
体重の増減とかほっぺたにできたにきびとか、普通に気にする十代女子だからね。

なのに。
あいつはどうしてあたしを気にしてるんだろう。
あたしを見たときの驚きようは、ただごとじゃなかった。


理由を訊きたい、と思わなくもない。
もしかしたら一風変わった一目惚れとかで、動揺のあまり妖怪扱いしました、なんてことなら、許してやらなくもない。
つーか、それなら許す。

俗物で申し訳ないが、あたしは綺麗なものにひたすら弱い人間だ。
キラキラしたモノも、生き物も、観賞するのが大好きだ。
男女関係なく、美女とか美少女とかも大好きです。ビスクドールなんて、半日くらい余裕で眺めていられるからね。

なので、と言うべきなのか。
悔しいことに、整った大澤の顔はどんぴしゃに好みだったりするのだ。
告白なんてありえない話は置いておいたとしても。

あの綺麗な瞳をそっと伏せて、
『あの時はオフザケが過ぎました。ゴメンナサイ』
とでも殊勝げに言われたら、確実に許すことだろう。

遺恨はいつまでも残さない、っていうのは、数少ないあたしの美点だったりするしね。
ごめんなさいと言われたら、許しますよ。もちろん。

でも。
奴はただあたしをじい、と観察するのみで、日々いたずらにあたしをイラつかせているのだった。


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