いつかの君と握手
「うん。嬉しいときはね、頭がもげちゃうくらいぐりぐりするんだあ」

「そっか」


こういうちっちゃい頭って、かわいいもんなあ。
しかもイノリはただでさえかわいいしな。


「父さんもね、おんなじようにするんだよ。でも、父さんのほうが少し痛いかなあ」

「あー。男の人だもんね。ちょっと力が強いかもね」

「でもね、新しい父さんはしてくれなかったんだあ」


声音が変わった。イノリはか細い言葉をぽとんと落とした。
あからさまにしょぼんとした様子を見つめる。

実父のほうが、この子にとっては『新しい』に分類されるんだなあ。
母親の死後に現れたって話だったからなあ。
いきなり登場した大澤父がイノリを引き取ることになったっての、どうなんだろう。
義父はごねたりしなかったのかな?
共にいた年月より、血の繋がりのほうが大事なの? うーん、難しい。

そこらへんの細かい事情、気になるんだけど、詳しく訊けないままなんだよね。
あたしの好奇心でイノリを傷つけるのはイヤだし。

しかし、大澤父がどんな人だったのかは、知っておくべきなのかなあ。
イノリかわいさに引き取った、ということじゃなかったのなら、問題だと思うし。
頭を撫でてくれないだけじゃ判断できないけど、イノリを蔑ろにするとか、可愛がっていないとかだったら、見て見ぬフリはできんな。
で、そういうことなら、未来を変えてでも加賀父の元に置いたほうがいいと思うんだよね。
まあ、未来をかえられるかどうかは分からないけど。

加賀父のほうは、いい人なんだろうと察しがついている。
なんせ、イノリが一人ぼっちで冒険してまで会いたがっているわけだからさ。
っていうか、イノリの意思を尊重するのであれば、加賀父の元にいたほうがイノリは幸せなのかなー。

いや、でもどうなんだろう。
9年後のイノリは大澤姓だったわけだけど、本人はそれに納得していたって可能性もあるよね。


あー、こんなことならもっとたくさん大澤と話をしとけばよかった。

悩み事とか相談される仲になってれば、あたしが今ここで成すべきことが手にとるように分かっただろうに。
どっちの父親がいい、とか、あの時オマエにこうして欲しかった、とかさー。

って、こっちに来る前のあたしが大澤の話を受け入れるわけ、ないよなー。
経験しなくちゃ信じられないよな、タイムスリップなんてさ。


でも、大澤ももっとあたしにアピールしてきてもよかったと思うのー。
いくらあたしに睨まれても、『万が一のときは●●を目指せ』とかアドバイスするとかさー。


……うん、怪しすぎて耳素通りするだろうけど。

って、今更悔やんでも仕方がない。
あたしは大澤とまともに会話していなくて、二人の父親についてほとんど知識がないのだ。
これは覆せない事実。
つまりは、情報不足。

ぽこんと現れたあたしが勝手に判断できるような問題じゃない、と。


「新しい父ちゃんもさ、緊張してたんじゃない?」


ここは、大澤父のフォローに回っておこう。
一応、未来は大澤父と共にいるわけだし、少しでもいい印象を与えておいたほうがイノリのためになるだろう。


「きんちょう? って、なに?」

「どきどきして、体がかたくなっちゃうことだよ。イノリも父ちゃんに会ったとき、どきどきしなかった? 手とか足とか震えたりしなかった?」

「した! すごくしたよ。じゃあ、新しい父さんもそうだったっていうの?」

「そうだよ。絶対そう」

「ええー、大人もそんな風になるの?」

「なるよ。大人だってどきどきしてぶるぶる震えちゃうんだよ。こんな風にさ」

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