いつかの君と握手
「ぅはよー……」

「あ、おはよう、バケネコ」

「猫娘おはよー」


朝。
教室に入ると、そこかしこから挨拶が返ってくる。
呼ばれ方はどうあれ、きちんと返事がかえってくるのはいいもんだ。

あの一件で妙なあだ名がついたものの、ほとんどのクラスメイトに好意的に受け入れられた。
同中のコがほとんどいなくて、知り合いがゼロに等しかったあたしとしては、それは嬉しいことだ。


「おはよー。ミャオちゃん」

「ふあー……、おはよ。琴音」


あたしの前の席の柘植 琴音(つげ・ことね)は、唯一の同中出身の子。
中学時代からの一番の仲良し。
ふわふわとした柔らかな茶色の髪がよく似合う、かわいらしい子だ。

ちなみに、『ミャオ』というのは昔からあたしを知っている人たちの呼び方である。
美弥緒という名前がだんだん『ミャオ』という風に変化したのだ。
実の親は、ミャオ→猫の鳴き声→『ネコ』と呼んでいる。
あ、そういや親からもネコ呼ばわりされてるんだった、あたし。
『化け』がついてないから、いいけど。


「ミャオちゃん、何だか眠そうだねえ」

「あー。本読んでたらさ、おもしろくってつい最後まで」

「本、好きだねえ。また時代小説?」

「そう。名奉行鳴沢右衛門之介シリーズの最新刊! 昨日が発売日だったんだー」


時代劇が大好きなあたしは、愛読書ももちろん時代小説である。
その中でも一番お気に入りが、『名奉行鳴沢右衛門之介シリーズ』。

何度もドラマ化されている、名作中の名作だ。
あたしの携帯の着うたは、ずっと変わらず鳴沢様のテーマソングにしている。

ちなみに鳴沢様は、三代目が一番原作に忠実だったと思う。
四代目である今の俳優は、サイアクだ。
話題性だけで抜擢しやがって。
人生の酸いも甘いも経験足らずの若い俳優に、鳴沢様のいぶし銀のような魅力が出せるはずがない。
さっさと降板させればいいのに。年寄りにも不評なんだぞ。
視聴率落ちて来期の予算が下りなかったらどうしてくれる。

しかし原作は下降どころか上昇する一方。非常に、非っ常に、面白いのだ。
特に前作から登場した女隠密と鳴沢様の掛け合いが絶妙。
ああ。あたしも鳴沢様の手足となって江戸の闇を飛びまわりたいわ。
奥方、いやいや、妾なんて恐れ多い。部下の一人でいい。
でも最後は桜がはらはらと舞い散る中、鳴沢様の腕の中で見取られたい。
あ、その際の鳴沢様は三代目、ないしは二代目でお願いします。
四代目は認めてないから、あたし。

そういった内容を、多少げんなりした様子の琴音に語って聞かせていると、いつもの視線を感じた。

おうおう。朝からかい。
いい気分が台無しだぜ。

振り返ってみれば予想通り。窓際一番後ろの席に座っている大澤が、こちらを見ていた。
何かを観察するかのような視線とかち合う。


「また、大澤くん?」


あたしの顔つきで分かったらしい。琴音が訊いた。


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