いつかの君と握手
三津が?

どちらかというと、頑固オヤジの店的な裏路地にひっそりあるラーメン店でギョーザ焼いてそうなのに?
なのに繊細なフレンチですと!?

ぽかんとしたあたしを見て、柚葉さんが愉快そうに笑った。


「ふふ、意外でしょ? 美味しいのよ、けっこう。ああ見えて、ケーキ焼くのも得意だし」

「はあああああああぁぁぁ!?」


三津にケーキ? 三津がケーキ?
合わねえ。
ケーキつか、柿ピーとかサキイカとかの方がお似合いだろ。

愕然としたのが露わになっていたらしく、柚葉さんはお腹を抱えて笑い続ける。


「信じらんないでしょ? でもこれがホントなのよねー。今度作ってもらったらいいよ。感激するよー?
て、ヒジリのことはいいのよ、別に。

でね、劇団って、お金ないの。風間さんだって、きっと裕福じゃなかったはずよ」

「あ」


それはあたしも、何となくそうだろうなと思っていた。
家族で住んでいたというあのアパートは、年季の入った古いものだった。
隣室への仕切り板が取れるようなところだ、家賃は高くないだろう。


「そんな時に、サヤカさんが病気になった。
サヤカさんも働いていたはずなんだけど、仕事を辞めて入院したのよね。
ということは収入が減って、逆に出費が増えたわけ。
金銭面で苦労したことくらい、想像つかない?」


ふわ、と夏の夜の匂いがした。
少し温くて、でも肌に心地いい風が運んでくる匂い。
穏やかなそれはどうしてだか胸がきゅうと痛くなった。

駐車場の縁石に腰を下ろした柚葉さんは、ディ●ールのポーチからタバコを取り出して火をつけた。
闇の中にふうー、と紫煙を溶かし込んでゆく。


「祈くんの本当のお父さん、弁護士だったよね。弁護士って言ったら、貧乏劇団よりもよほどお金を持ってる。
お金だけが全てじゃないけど、お金がないとできないことは多いよ。
特に、祈くんのこれからを思えば、お金は絶対に必要だもんね」


柚葉さんの言いたいことは、理解できた。
塾に行くにしても、ましてや私立校に行くにしても、お金がかかる。
子どもをきちんと育てるには、お金はなくてはならないものだ。

実父のほうが金銭面で豊かだから、加賀父はイノリを置いて行ったのか。
確かに弁護士父であれば、イノリがどんな道を望んでも手助けができるんだろう。

それでもあたしの気持ちとしては、「お金より大事なモンがあるでしょ!」というのがでかいのだけれど、
でも、柚葉さんの言うことも充分納得できた。

イノリをかわいく、大切に思えば思うほど、幸せを願うだろう。
その幸せのためには、それは確実に必要なものの1つだ。


柚葉さんから、夜空に視線を移した。
きらきらと星が瞬いていている。
明日もきっと太陽がギラギラした、暑いくらいのお天気なんだろう。

なのに、どうしてだか、雨の中に佇む大澤の顔が思い出された。


「……だから、イノリは9年後に大澤姓だったんでしょうか」

「そういう理由も、あったんじゃないかな?」


はあ、と柚葉さんがため息をこぼした。


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