平成のシンデレラ


あの日は、私が会社を辞めた日だった。



辞めた理由は・・・先の母親との会話で晒したので
ここでは割愛させていただく。


退社の表向きな理由は、母が経営する派遣会社をサポートをするのだと
公言していても、それが苦し紛れのカムフラージュに過ぎないのは
周知の事実だった。入れ替わりに私のデスクへ来ては
退社を惜しむ言葉を並べていくいかにも健気で控えめな後輩を装う裏で
何を言われているのやら・・・


まぁ別にいい。今更どう繕ったって仕方ない。


『同僚の男から婚約破棄をされ捨てられた女』である事には違いない。
事実なのだからと開き直れるのは重ねてきた年齢のおかげかもしれない。
増えた年輪が自身を守る鎧に変わるのなら、時にそれも悪くない。


しかしどんな理由であれ、退社していく者への送別会は開かれる。
自分の送別会とはいえ、あまり気乗りはしなかったけれど
これも社会人としての勤めだとおざなりでしかないその席に渋々座った。


代わる代わるのお酌と 惜しむ言葉のいくつかは
せめてもの餞なのだろうとありがたく聞き流し
ようやくお開きになったと ほっとしたのも束の間
本当か嘘かわからないが、私に憧れていたと言う後輩の秋田くんに
しつこく二次会に誘われて 半ば攫われるように連れて行かれたカラオケで
私はヘタな歌を肴に煽るように酒を飲んだ。
おかげでお開きになる頃にはかなり酔いがまわっていたので
三次会だと息巻く同僚や後輩たちとは、ここで別れる事にさせてもらった。
秋田くんが何度も送ると言ってくれたけど、それを丁寧に断って
ネオンの街を一人フラフラと歩いた。


生温く湿った風が髪に絡んで、へこむ気持ちを不快さがさらに煽った。
強がって見せるのにも限界がある。
信じていた男に裏切られ、傷ついていないワケがない。
その傷が思った以上に深くて 自分でもどうしようもないのだから。



「・・・何よ」


足元に転がった空き缶をつま先で蹴った。
妊娠したその女というのは私とは正反対のタイプ。
関係会社に勤務しているので、私も何度か社内外で見かけた事がある。
外見は人目を惹く華やかなタイプではないが
いかにも甘え上手そうな、手を差し伸べて支えてやらなきゃと思わせる
保護欲をそそる可愛らしい感じの女性だった。
元婚約者だった彼の話によると彼女は
恋人である彼との時間が最優先で
何をするにも彼が基準の恋愛体質のようだ。
それに比べたら、さぞや私は可愛げのない女だったんだろう。
彼をないがしろにした覚えはないけれど、最優先にした覚えも・・・ない。


面白い講演会や講習会があれば、デートもキャンセルしたし
仕事が忙しくなってくると頭の中から彼の存在は一時消える。
たまのデートが、二人仲良く休日出勤になった時もある。
仕事をしながらとはいえ、静かなオフィスで二人きりで過ごすのは
私は嫌いじゃなかった。普段は親密にはできない場所で
軽いスキンシップやキスをするのはちょっと新鮮でときめいた。
仕事も片付くし、二人きりには違いないし
一石二鳥で都合がいいと言ったら彼には呆れられてしまったけれど
仕事が面白くてしかたなかったのだから仕方ない。


「しようがないな。わかったよ」といつも笑って抱きしめてくれたあの人は
私を理解してくれていると思っていたのに。
互いに自由で束縛しない関係が理想だと言ってたくせに。


「僕の恋人は美人で向学心旺盛で仕事熱心な最高にイイ女だよ」と
友人知人に会うたびに自慢げに私の肩を抱いたくせに。


だから、そうあろうと努力したのは健気でも可愛げでもないと
思い知らされたあの日。



「僕はね・・・僕だけを見つめて、頼ってくれる女性がいいんだ」



そんな事を今更どの口が言うか、と
こぶしを握り締めた瞬間を思い出すだけで胸気が悪くなる。
恋がすべてで、恋人が一番にならないように
ブレーキをかけていた部分だってあったのに。
結局最後はそういうオンナによろめくのが男なんだと思い知らされた。



おまけに職も失った。
これは己の弱さゆえの代償とわかっていても
厳しく冷たい社会の風をもろともしない強さなど持ち合わせていない。
恋愛の傷は男にはハクとなっても女にとってはそうはならない。
組織という場はこんなところでも男性優位なのだからやりきれない。
今度生まれ変わるなら絶対男になろう・・・

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