平成のシンデレラ
「3週間のハウスキーパーって…やだ!ちょっと住所、長野だよ?!」
「そうよ?」
「ってことは泊まり込み?」
「当たり前」
「うっそ?!」
「あら、毎日長野まで通えって方が嘘だと思うけどね?」
「断る権利は?」
「タダ飯食らいのプー太郎のアンタに、そんな権利があるとでも?」
それを言われると返す言葉がない。
「・・・時給はいくら?」
「今回は日給よ。一日20000円」
「うっそ!?マジで?」
「マジで」
「やります!やります!喜んでやらせていただきます!」
二つ返事で引き受けたのは言うまでも無い。
一日20000円。21日で42万円ナリ!!断る理由があったとしたら、迷わずそっちを足蹴にする。
あぁ、なんて美味しい仕事だろう!ハウスキープ3週間で普通の勤めの2カ月分くらいのお給料ががいただけるなんて。
一体どこの金余りの富豪かは知らないけれど、ありがたくて泣けてくる。
「本来なら全額が貴女に支払われるわけじゃないけど、今回だけは全額 貴女個人の収入ってことにしてあげる。婚約破棄のお見舞金ってことで」
「うんうん!ありがとう、お母さま」
「仕事がある事に感謝しなさいよ」
はいはい。感謝でもお祈りでも何でもします。
忙しい母に代わって幼い頃から家事を仕切っていた私にハウスキープはお手の物。全く問題ない。
それに母が言うには、そのお宅は別荘で、そこで休暇を過す男性一人のお世話というじゃない?
しかも27歳なんて妙齢ときてる。
窓枠を指で撫でて「この埃はなに?」なんて 目つきも悪く、意地の悪い言い方をするオバチャンは居ないのだ! 楽勝。
「まあ確かに・・・そういうオバチャンは居ないんだけど・・・」
「だけど、なに?」
「実は毎年このお宅へは人を派遣してるのね」
「うん」
「でもどういう訳か次の年になると経験者はみんな断るのよねぇ」
「どうして?こんなに日給いいのに」
「そこが謎。なかなか厳しいらしいとは聞いているけど、なんせ別荘の持主はあの南波グループの社長だからね」
そう言って胸を反らす母は、そういうところから仕事の依頼があったのが自慢だと言わんばかりだ。
南波グループは南波財閥を母体として観光、飲食、貿易方面で業績を伸ばしてきた大企業だ。
リゾート開発においては我が国の先駆者であり、近年では介助ロボットやエネルギー開発にも力を入れている。
なるほど。高報酬の謎も解けた。
そういうことか。
「じゃその27歳男子ってのは社長の息子とか?」
「そ。南波の御曹司。王子様ね~」
「その王子が厳しいの?」
「ん~・・・何かそうらしい」
「何よぅ、みんなだらしないわね!たかが27のワカゾーくんでしょう?そんなのにビビッて、こんなに美味しい仕事を蹴るなんてプロじゃないっ!」
「そうよ、その通り!」
「苦労知らずのボンボン育ちの我が儘なんかびしーっと一蹴してやる」
「おー!よく言った!それでこそ我が娘」
やんややんやと囃しながら、にやりと口の端だけで笑った母親に上手く乗せられた気がしないでもないけれど・・・まぁいいか。
経費はたっぷりいただけるのよ!
ちゃんと領収書はもらってくるのよ~ という母の見送りの言葉に
軽く手を挙げ、小ぶりのキャリーバック片手に家を出た。
法外な日給に目が眩んだ己の浅はかさを悔やむことになるとは、このときはまだ知る由もなく・・・・・・
車窓を流れて行く初秋の景色に目を細め、途中のSAで買ったお弁当に舌鼓を打ち
旅行を楽しむような浮かれた気分で
私はほんのりと初秋の気配漂う駅に降り立ったのだった。