平成のシンデレラ

細い一筋の白い光の眩しさに目が覚めた。

シーツの間に一糸纏わぬ姿で横たわり
温かな腕に抱かれているこの状況は一体・・・?


「!!!」


声にならない声を上げドキドキと騒ぎ出した心臓を押さえて
私を囲う腕からそっとすり抜けベッドから降り
小走りに壁際に駆け寄って、恐る恐る振り返って見た眠る男の横顔には
見覚えがなかった。確か昨夜は飲んだくれてかなり酔って
男に絡んだ覚えはあるけれど・・・


な、何なの? どういうこと?


いわゆる「行きずり」ってやつですか?
それとも「アバンチュール」と言う方が洒落てる?
身体のあちこちに残る紅い印は紛れも無く情事の痕。


なんて事を・・・!!


どうしてこんな事態になってしまったのかと頭を抱えた。
いや、抱えてる場合じゃない。とにかく今するべき事は・・・


此処から逃げ出す! それしかない。


そうと決まれば後は速い。
散らばっている衣類を掻き集めて身に着けてドアを出るまで約3分。
乗り込んだエレベーターのドアが開き、周りには目もくれず
逃げるように早足で外へ出てタクシーに飛び乗ってようやくホッと息をついた。


タクシーのフロントパネルに埋め込まれたデジタルの時計が示すのは午前6:03分。
こんな事は自分にはありえないとだと、一生縁の無い事だと思っていたのに。
酔って行きずりの男と寝て朝帰りなんて・・・



最低だ。



ついさっき抱え損ねた頭をようやくしっかりと抱えて後悔に浸った。
こんな自己嫌悪は初めてだ。婚約破棄をされた時だって
確かにかなり憔悴したけれど、あれは私に非があったわけではないし
こんなに沈んだ気持ちには・・・って、あれ?


ああ、そうか。
     なんだ、そういう事…ね。


クスクスと自嘲の笑みが堪えられない私に
ドライバーがミラー越しに怪訝な視線を寄せているのが分かった。



大丈夫よ、運転手さん。頭がおかしいワケじゃないから安心して?


「何でもないの。ごめんなさいね」
「あ~、いえ、その…お客さん、朝から何か楽しい事でも?」
「いいえ。その逆。最低な朝だわ」
「はあ??」


そうだった。あの時は自分の人生でこれ以上に悲惨な事などないと思っていた。
それなのに今はどう?
今まで生きてきてこれ以上に最低ことはないと思っているのだから
私の「人生これ以上」なんてのは、いい加減なものだ。
過去に経験した苦い思いは新たな経験によってこうやって薄れていくのだろう。
薄れて色褪せていつか忘れてしまうのだ。まるで無かった事のように。
だからこそ人間は80年という永い寿命を過ごせるのだと聞いたことがある。


「ホント、その通りよね」
「え??」
「ああ、コッチの話。独り言よ?気にしないで」


誰が言ったか知らないが、本当にその通りだと思う。
日常でも仕事でも「忘れる」という事は褒められた事じゃないけれど
生きていくには忘れてしまった方がいい事もあるのだ。
残りの寿命を全うするためにも、ネガティブな思いはみんな忘れてしまおう。


「うっしゃ!」
「お、お客さん?」
「あ~ごめんなさい!」


ミラー越しに寄せられた さっきよりもずっと怪訝な視線と声に
苦く愛想笑った私が、忘れてはいけないものを忘れてきた事に気づくのは
もう少し後のこと。
そしてそれが思いも寄らない展開の引き金になろうとは
この時はまだ知る由もなく・・・


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