平成のシンデレラ

「驚いた。こんな偶然って実際にあるものなんだ・・・」


あの夜はかなり酔っていたし、私が明かした事といえば
名前くらいなものだった。
勤め先が何処かくらいは話の流れで口にしたかもしれないが
その日に退社した私は名刺すら渡してはいない。
ろくな素性も分からなかったはずだ。
まさかキャミソール一枚のために私を捜したとは思えない。
第一、行きずりの一夜を過した相手の些細な忘れ物の為に
そこまでする男なんて聞いたことがない。


となると・・・
これは偶然に偶然が重なった、としか言い様がない。
事実は小説より奇なり、と言うではないか。
ここへ私を寄越した母だって、まさかクライアントと私が
そんな事で繋がっているとは夢にも思っていないだろうし。


でも偶然にしてはあまりに出来過ぎてはいないだろうか?


「そんな偶然は100万分の1くらいの確率だな」


100万分の1の確率なんて、机上の空論。
実際にはあり得ないのと同じことだ。



「そんな確率、無いと一緒ね」
「そういう事だ。」
「?」
「そんな偶然あるわけがないだろう。偶然じゃない。捜したんだ、オマエを」
「捜した?・・・私を?」
「ああ」
「どうやって?!」
「名前と顔が分かれば、そう難しい事じゃない」
「難しい事じゃないって、普通は難しいでしょう?!警察ならともかく」
「普通なら、な。でも俺は違う」




違うんだよ、と念を押すように低く呟き
私を見つめる射抜くような視線は紛れも無くあの夜と同じ。
ああ、この瞳だ。この強さに私は惹かれたのだった。




「ねえ」
「何だ」
「どうして?どうして私を捜したの?」




アナタが隣に立てば一瞬で霞んでしまうような平凡で普通の私をどうして?



「決まってるだろう」
「?」

「もう一度 抱きたかったから」




強い視線に真っ直ぐに捉えられて
何ともいえない不思議な感覚が背筋を駆け抜けた。
全身の力が抜けて今にも床にへたり込んでしまいそうだ。



「ウソ・・・」



抱きたいなんて面と向って言われたのは今まで生きてきて初めてだった。
告白だって自分からした経験は2、3度あれど、された事など一度もない。
元婚約者の彼にしても何となく寄り添うようになって
何となく付き合いが始まったのだ。
取り立ててロマンティックな言葉のやり取りなどした事はない。



「嘘じゃない」



どうして?! ああ、どうしよう。
こんなイイ男に熱く見つめられて、こんなにもストレートに言われるなんて。
たった一夜の情事の相手で、しかも大した色気もテクニックもない私を
捜し出してまで抱きたいと思うなんて・・・



「信じられない・・・」
「信じろ」
「無理」


体がカッと熱くなった。
動悸も早くなってきた。
視界が暗く赤色に染まっていく。眩暈がしそうだった。


「ったく、疑り深い奴だな」
「だって!私みたいな女・・・」
「そんなに自分に自信がないのか?」


しかたないな、と呟いた彼が私との距離を一歩詰めた。


「嘘じゃないって証明してやる。・・・来いよ」



目の前に手を差し出されて息を飲んだ。
思いもよらない出来事に遭遇して卒倒する、というけれど
まさに今がそんな状態なのかもしれないと思った瞬間に
クラリと視界が回った私の腕が、強い力で引き寄せられた。



「おい!どうした?大丈夫か?!」



片手で背中を抱かれ、その瞬間フワリと覚えのある良い香りに包まれた。
目の前の彼の瞳が不安げに私の眼を覗き込んだ。



「あ・・・」
「大丈夫か?」




ん?と傾げた端正な顔が近づいてきた。
このまま目を閉じればきっと・・・
あの夜のように甘やかでめくるめく時間を過すことができる。



・・・できるはずだったのに。


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