平成のシンデレラ

「じゃぁ 今日一日は私が勤めます。明日代りの者が到着したら交代します。
それなら良いでしょう?」
「それも面倒だ」
「引継ぎもきちんとしますしご面倒もご迷惑もかけません」
「もういいから、お前がこのまま勤めろ。それが一番面倒がない」
「でも!」


そういうワケには行かないから、こんな事になっているというのに。


「いいか、よく聞け?俺は酔った女を拾わなきゃならんほど女には不自由してない。
加えて俺は忙しい。どこの誰とも知れない女を捜すヒマも当然ない。
それから、俺は自分が認めた人間しか側に置かない。…分かるな?」

「分かるけど・・・あの、言ってる事とやってる事が矛盾してない?」


酔った女を拾って抱いて、どこの誰とも知らない女を捜して
側に置いた結果がこの私じゃないの!


「んっとに鈍い女だな」
「何よ?!」
「あのな、不自由もしてなきゃ暇もない俺がお前を捜したんだぞ?
こんな手の込んだ事までして、お前をここに呼んだんだぞ?」

「うん。・・・で?」


ちっ、と忌々しそうに舌打ちをした彼が「イライラする女だな!」と私の腕を引いた。



「だから!」



ふわりと緩く、大切なものをそっと囲う様に抱きしめられた。


「俺は・・・ 気に入ってるんだよ、お前が」
「!」
「よって代わりの人間は認めない。最後までお前が勤めを全うしろ。いいな?」



口調とは裏腹な優しいトーンの声で耳元に囁かれた。
これは一体どう解釈すればいいのか。優登の言葉を
自分に都合よく理解してしまいそうになるけれど・・・いけない!
言葉なんていくらでも取り繕えるのだから。


「あの…ぅ」
「ナンだよ?」
「私を、その・・・抱きたいというのは・・・」


クスクスと笑い零れた優登の吐息が耳元を掠めて私は首をすくめた。
そこが私の弱いトコロだと絶対知っててやっている。なんて意地の悪い!


「安心しろ。無理やり、というのは主義じゃない。
そういう趣味もないから強要もしない。ただ『ヤりたい』だけじゃないからな。
俺はお前を『抱きたい』んだ。心も身体も全部。な?」


どうしよう。心臓が破裂しそう。
こういう台詞を相手の目を見つめて言える人なんて
物語の世界にしかいないのだと思っていた。
もしかしたら、この人は本当に物語から抜け出てきた幻で
時が経ったら消えてしまうかもしれない。
そんな空想とも妄想とも分からない思いにかき立てられ
彼の存在を確かめるようにそっと伸ばした手でその頬に触れた。
掌にじんわりと伝わる温かな感触は幻ではない証。


よかった。本物・・・


ほっと小さく息をつき、引こうとした手が彼に捕らえられ
指先にキスをされた。
「冷たいな。寒いか?」と深く抱きしめられて私は上せてしまいそうだった。


寒いどころか、熱が出そう。



「わかったな?契約に変更は無しだ。いいな?」
「・・・・」
「おーい。聞いてるか?」
「はい」



よし、と薄く笑って、ぱっと私の身体を解放すると
私のキャリーバックを取り上げ、さっさと屋敷へ向かって歩き出した彼が
ああ、と思い出したように私へと声をかけた。



「出かける予定がある。すぐ朝食にしてくれ」
「わかりました」



何となくワケの分からないうちに上手く丸め込まれたような気が
しないでもないけれど、でもいいか。
この人は人をからかう事はあっても
嘘や出まかせを言う人じゃないというのは会ったときから感じていた。
気に入っているという彼の言葉を信じてみようか。
気持ちごと抱きたいと言った彼を信じてみようか。
単なるお金持ちの気まぐれなんだと思うのではなく
手を尽くして探してくれたことに素直に感激してみようか。


なあんて・・・私も単純だな。


そう一人小さく呟いて歩き出そうとした瞬間に突然振り返った彼が私を呼んだ。


「香子」
「はい?」


駆け寄ったて来た彼に抱き寄せられて
戸惑う間も驚く間もないほどいきなり重ねられた唇が
甘く慈しむように何度も私の唇を食み、弱く吸い上げた。


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