平成のシンデレラ
何よ、これ・・・
タクシーの窓から見上げるほどの門扉の高さにまず驚いて、次は開かれた門に躊躇う事無くそのまま車を乗り入れた運転手に驚いた。
「玄関まで500メートルはありますからね。こちらへのお客さんはいつもこうなんですよ」
「はぁ・・・」
何もあなたが自慢気に話すことでもないと心の中で思いつつ、私は曖昧な笑みをルームミラー越しに返した。
27歳のワカゾーくん一人が過す別荘にしては、あまりにも豪奢な建物と敷地に、私は空いた口がふさがらない。
確かに南波グループは日本屈指の大企業だけれど……
世の中にはまだまだ私の理解と常識を遙かに越える現実があるのだと思い知った。
はあ、と小さくため息をこぼして外を見やると欧州のお城の前庭にあるような噴水が見えてきた。
タクシーはそれを左回りに半周し、玄関前にぴたりと止った。
「お待ちしておりました」
絶妙のタイミングで車のドアを開け
静かな口調と丁寧な45度のお辞儀で迎えてくれたのは、目に痛いほど白さを放つ、ぴりしと音がしそうなほど襟にも袖にも糊の効いたシャツに 品の良さを漂わせたロマンスグレーの老紳士。車から降りた私も彼につられて深々と一礼して名乗った。
「【はるかぜ】から参りました綾瀬です。今日からお世話になります。
よろしくお願いします」
「私は当家の執事で白川と申します。ご案内いたしますのでどうぞ」
今時執事を常雇する家なんて一体どんなお家柄?と恐る恐るその後について歩いた。
お屋敷の中央にある観音開きの重厚な扉を開けた彼に手招かれるままに
私はその部屋へ足を踏み入れる。
高い天井と暖炉。広々とした部屋に背凭れの大きなソファ。
まるで北欧のリビングを思わせる品の良い暖かな作り。
続くテラスには大きな木製のテーブルとチェアが置かれている。
なんて素敵なお家なんだろう。
汚いところをせっせと磨いて、その後の見違えるほどの仕上がりに にんまりする、あの満足感も好きなのだけれど素敵な家のハウスキープはとても楽しい。
綺麗な女性を磨くのと同じで、美しいところに更に磨きをかける訳だから、それはもううっとりするような仕上がりになる。
「素敵なお部屋ですねぇ…」
ここで3週間暮らせてしかもお金までいただけるなんて仕事といえど最高だ。
柔和な笑顔を湛えたままの白川さんは、しげしげと部屋を眺める私に席とお茶をを勧めると落ち着いた声で話を始めた。
「さっそくですが、お仕事のご説明をいたしましょうか」