平成のシンデレラ
「優登兄さま!」
「麗佳」
「お目にかかれるなんて嬉しい!小父様がおいでになるのだと思っていましたわ」
「まぁ色々と・・・な」
西園寺家は旧華族でその一人娘の麗佳は
なかなか子宝に恵まれなかった西園寺夫妻の待望の一粒種だ。
16年間、文字通り深窓の令嬢として大切に盛大に甘やかされて育ったお嬢様。
その名に相応しい華やいだ容貌と雰囲気は甘やかされても仕方ない。
西園寺とは先々代の曽祖父の時に縁付いて以来の付き合いになる。
麗佳から兄さまと慕われるのは悪くないが、そこまでだ。
我が儘と高飛車なのはその出生の付加価値のようなものだし
別にそれを疎ましいとは感じないけれど
1から10まで付き合ってやるほど俺もヒマじゃない。
それでも本当に小さな妹のように纏わりついてきた頃はまだよかったが
最近はそれに妙な色がついてきた。
おまけに麗佳の父親の西園寺卿もそんな娘を煽るような素振りを見せる。
良縁だと囃す輩もいるようだが、今更華族や貴族の外戚など必要ない。
西園寺親子に誤解や思い込みをさせない為にも
あまり麗佳と距離を近くするのは良くない。
「優登兄さま、麗佳とご一緒しましょう」
今夜も麗佳が居るのは明らかだった。ここは西園寺家縁の土地だ。
会えば必ず一緒にと言うだろうと思っていた。
香子を同伴したのはそんな麗佳を牽制する為でもあったのに
肝心な時に居なくなりやがって・・・
「悪いな。連れが居るんだ」
「でも お見受けしたところ、お一人ですわ?」
「今は、な」
「ならよろしいではありませんの。あちらで父も待っていますわ。ご一緒しましょう」
悪いな麗佳。
今、西園寺卿に捕まるわけにはいかない。
俺は今、香子を捕まえる側なのだから。
麗佳の細い手首をとって手の甲に軽く唇を落としてから
「急ぐんだ。またな」とその横をすり抜けた。
「お待ちになって!」
「何だ」
「優登兄さまのお連れの方、先ほどお帰りになられましてよ?」
「何だって?」
「お振袖の方でしょう?お背の高い・・・」
「いつだ」
「つい先ほど。私とお話した後、程なく」
「話?お前と?」
「ええ。だって優登兄さまがパートナーに選んだお方ですもの。
どんな女性なのか気になりますわ」
敵は好色家や手馴れた軟派野郎ばかりじゃなかったか。
女の敵は女だというのを忘れていた。
「麗佳」
「はい?」
「……いや、何でもない」
「兄さま?」
聞くまでもない。話の内容など想像がつく。
家柄だの何だのとくだらない事をひけらかしでもしたんだろう。
華族や貴族だからといってそれが何だというんだ。
たまたま生まれた家がそういう家だったというだけで
労せずに手にした地位がどれほど人の価値を高めるというのか。
馬鹿馬鹿しい。
でも麗佳を咎める気にはなれない。
この娘はそういう価値観の中で生まれ育ったのだから仕方ない。
この先の人生もその枠から出ることなく歩いていくのだろうから。
そんな事よりも、香子だ。
麗佳の話に怖気づいたとでも言うのか?
たかが16、7の小娘の話に怯んで尻尾を巻いて逃げ出すとは
情けないじゃないか。倍近く生きてるんだろう?うまくいなせよ。
ちっ、と思わず出てしまった舌打ちに麗佳が怪訝な視線を向けた。
「どうかなさいましたの?」
「あぁ、急用を思い出した。失礼する」
そう言って踵を返したところで
恰幅の良い体が待ち受けていたように両手を広げて行く手を阻んだ。