平成のシンデレラ
たかが家政婦と侮ったことを心から謝りますから神様許してくださいと
天を仰いだところで、この広大な庭の芝刈りは終らない。
白川さんから一通り仕事についての説明を受けたあと自室となる部屋に案内され
「では…早速始めてください。そうでないと日暮れまでに終わりません」と
作業用のつなぎと軍手を手渡された。
「こんな広い庭の必要性がどこにあるのよ?!それなりにしておけば、維持費だってかなり少なくなるハズよ?まったく。お金持ちの考える事はわからないわ」
お屋敷の誰かに聞かれたら叱られるだろう文句を声に出して盛大に吐いても、誰かに届く前に吹き渡る風に掻き消されていく。
残されるのは虚しさだけだ。
日給20000円の意味が、二年目は誰もが敬遠する本当の理由はこれか、とようやく分かったけれど、もう遅い。この後は大きな窓の拭き掃除が待っている。
お母サマ?貴方が娘にかけた元手はここでも無駄に終りそうよ?
これはもう肉体労働だ。学生時代にもっと真剣に部活をして体力も筋力もしっかりつけておけばよかった、と後悔しても遅すぎる。
力なくため息を落として、私は芝刈り機のハンドルを握りなおした。
その庭といい、家の大きさといい別荘と呼ぶには過ぎる家だけど部屋数は意外と少ない。
リビングとダイニングの他には主の部屋とシャワールーム付きのゲストルームが2つ、使用人の為の部屋が2つと、後はバス、トイレが2つずつだ。
一部屋一部屋はかなり広いが、家具も別荘らしく必要最小限なのでお掃除も思ったほど大変ではなさそうだし
キッチンも広々と機能的で、設備は一般家庭以上に整っている。
仕事がしやすそうな邸内には庭と違って文句はない。見た目には素晴らしくお洒落で大きな窓を除いては…。
本来なら庭の手入れも窓のお掃除も出入りの業者に委託しているのだけれど、その業者が毎年この時期に遅い夏休みを取るとかで、仕事の再開は来週からになるという。
それまでは芝を刈るのも窓を拭くのも私の仕事らしい。そしてお庭のお花や木々への水遣りも。
せめてもの救いは毎日ではないことだ。芝刈りはあと一回。水やりは一日おきでいいそうだ。
とはいえこれがまた・・・小さな公園くらいはあろうかという広さ。
朝夕二回に分けなければ撒ききれない。
庭の手入れが終った頃にはすでに日が傾きかけていた。
次からはもっと手際よくやらないとひと休みする暇もなくなりそうだ。
若い男性一人のお世話。暇な時間が結構あるはずと沢山もってきた文庫本は読みきれるだろうか?
「では、私は東京のご本宅へ戻りますので、あとはよろしく」
外の景色同様、黄昏ていた私の背に白川さんの声がかかる。
この執事さんは私と入れ替わりに東京へ戻り本宅で二日仕事をした後
休暇に入るのだと聞いた。
後を任されるのはいいけど・・・ちょっと待って執事さん。主はどこにいるっていうの?まだ紹介すらしてもらっていない。
「すみません、こちらの・・・その・・・ご主人様はどちらに」
『ご主人様』なんて言葉を口にするのは少々抵抗があるのだけれど
コレも仕事のうち。しかたない。
「そうでしたね。優登さまでしたら…そろそろお戻りかと。
あぁ、ちょうどよかった」