平成のシンデレラ

お屋敷に着いたとき、もしかしてアキバ系ご用達みたいなメイド服を
この歳になって着せられるのかと内心ヒヤヒヤしたけれど
それはいらぬ心配に終った。
衣服については自由とのことで、ほっと胸を撫で下ろしつつ
でもちょっと残念のような複雑な思いで
ストレッチの効いたパンツと袖丈が7分のカットソーに着替え
部屋に置かれていたプレスの効いた白いエプロンをつけた。


このエプロンが制服の代わりらしい。
そのデザインはムダな装飾が一切無く機能的であるにも関わらず
カッティングには女らしさが、上質な素材からは品の良さが感じられ
何より着け心地がいい。


気持ちよく働いてもらうためと、ご来訪なさるお客様への第一印象を慮った
今は亡き先代の奥さまの心配りの一つなのだとムッシュ白川から聞かされた。
きっと素敵な奥さまだったに違いない。



後手でリボンを結ぶと、きゅっと小気味良い音がして身が引き締まる思いがした。
よし、と気合を入れ小走りで向ったキッチンで手際よく温めたカップとティーポットを
銀のトレイに乗せて慎重に運ぶ。
一目見てマイセンとわかるティーセット。
そのお値段をなまじ知っているだけに扱うのにも緊張せざるを得ない。



こういうのってホント家政婦泣かせなのよね・・・



普段使いはもう少しリーズナブルなものにしていただけるとありがたいのに、と
そんな事を思いながら控えめにしたノックに「はい」と答える声がして私は静かにドアを開ける。





広い部屋に大きな窓。
その真ん中に置かれた大きなソファは黒に近いほど深い碧。
その背にしなだれかかるようにして本を片手にゆったりと寛ぐ彼は
サマになりすぎて、私は一枚の絵画に見惚れてしまった時のように
その場から動けなくなる。
こういうのを絵になる光景、というのだろう。




「・・・どうした?」
「いえ」




ぼーっと立ち尽くしている私に怪訝そうな一瞥を寄越した彼は
小さくため息をついた。そのため息が語っている。
『使えないボンクラ』・・・と。
まだ仕事らしい仕事すらしていないのにそう思われるのは悔しいけれど
貴方に見惚れていました、とは言えないから仕方ない。
失礼しました、と目礼して私はドアを閉めワゴンを進めた。


キッチンを出るときに注いだお湯に
ちょうどいい具合に蒸らされた茶葉が良い香りを立てる。
彼は音も立てずにカップを取り上げ
くん、とその香りを一嗅ぎ楽しんでから口をつけた。




「・・・がっ」

「はい?」
「32にもなって、紅茶ひとつまともに入れられないのか?」
「なっ!」




32、32ってさっきから、その一言は余計だ。
セクハラだ。訴えてやる!と奥歯を噛み締めた私に
彼がカップを手渡たした。
「飲んでみろ」と言われて一口飲んでみる。




げ。




「・・にが」
「わかったか」
「すみません」




緑茶でも抹茶でも濃くて渋いのが好きな私は
どうしても茶葉を入れすぎてしまう。




「次からは気をつけます」




小さなため息でそれに答えた彼が
私の手にあったままのカップを取り上げ
ミルクを継ぎ足して一口啜った。




「あ!それ・・・」
「何だ?」
「・・・いえ」




ふん、と鼻先で嘲笑うと、手にしたカップはそのままに
また本に視線を落とした。結構ウルさそうに見えるのに
他人が口をつけたカップは気にならないのだろうか?と
自分の事は棚に上げてぽかんと見つめていたら
そんな私に気づいた彼がまた怪訝そうな視線を寄越した。



「晩飯は まともな物を食わせてもらえるんだろうな?」




失礼な!と思ってみても口には出せず、その思いは飲み下した。
お茶の入れ方に失敗したからと言って
そんな疑わしい眼差しをむけないでもらいたい。
たった一度の失敗でその人を評価するのは、さすがに急ぎすぎだと思う。




「その点はご心配なく!お料理は好きですから」




胸を張る私に、頬杖をついた彼のその眼差しが
一瞬柔らかく弛んだのは・・・見間違いだろうか。


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