平成のシンデレラ
第二章 ~From his viewpoint ~

「ごちそうさまでした」



そう言って手を合わせた向かいに座る香子の姿が
幼い子供みたいで可笑しくて、込み上げる笑いが止められない。
同じように手を合わせ「ごちそうさまでした」と真似てやると
香子は「・・・あ」と顔を赤くして そそくさと皿を重ね始めた。



「大見得切っただけのことはあったな」
「お口に合いまして?」
「ま、それなりに」



香子は何よソレ?と言わんばかりの不満げな表情で席を立つと
「デザートをお持ちしてもよろしいですか?」とやけにすました声で言う。



こういう分かりやすい反応をするから
ついからかいたくなるのをわかっては・・・いないんだろうな。



「テラスへ運んでくれ」
「はい」



リビングから庭へと張り出したガラス張りの広いテラスは
祖母のお気に入りの場所だった。
陽気の良い季節にはガラスを開け放ち
美しく可憐な花々が咲き乱れる庭をここから眺めて
穏やかに微笑んでいた。



そんな祖母の側で過すのが好きだった幼い頃。
多忙な両親の 満たしきれない愛情をを補って余りあるほどの
愛と慈しみと優しさを注いでくれた祖母。
この別荘はそんな祖母の晩年の住まいだった。
祖父が亡くなってからしばらくは南波の会長職についていた祖母も
家督の一切を次代である息子(俺の親父)に譲って
「賑やかな場所はもうたくさん。一人で気楽にのんびり暮らすわ」と
大好きなこの土地に隠居を構えた。



親父やお袋、そして執事の白川の心配を余所に
古くから使えていたメイドひとりだけを連れて
さっさと引越しをすませてしまった。
人を雇うならその地元で、が信条の祖母はその言葉通り
庭の手入れや家のメンテナンス、家政婦からコックの派遣にいたるまで
こちらの業者に全て委ね、あっという間に地元に溶け込んだのは
長年培った「夫人」としての経験と実績のたまものだろう。
亡くなった祖父も一方ならぬ人物だったが
この祖母の内助の功がなければ今の「南波」はないだろう。




「窓を開けましょうか?」



今夜は月がキレイですよ?と
トレイをテーブルに置いた彼女が微笑む。



「ああ、頼む」



開けた窓から流れ込むそよ風が窓辺に佇む香子の髪を揺らした。


香子・・・
君は覚えているだろうか。
いや、その様子では覚えていないのだろうな。
お互い了解していたはずだった。
成り行きで辿り着いた一夜の情事だと。



なのに・・・



こんなにも囚われてしまうなんてな。俺としたことが。

< 8 / 36 >

この作品をシェア

pagetop