モラルハザード
「…ね、とむくんママ…」
「…ん?」
「これから、とむくんママじゃなくて…名前で呼んでいい?」
「…え?」
戸惑いを隠せない私に気づかないこうくんママは言葉を続けた。
「だって、私たちママだけど、ちゃんと名前があるし、ママである前に
一人の女性なワケだからちゃんと名前で呼びたいじゃん」
プリスクールのママ友たちと初めて行ったピクニックでの光景を思い出す。
ストローハットをかぶった奈美が、これと同じ台詞を言ったあの日を…
デジャブのようなこの光景に軽い眩暈がして、ふらっと体が傾いた。
「大丈夫?真琴ちゃん」
とっさに支えてくれたこうくんママの顔を見た。
「真琴ちゃん、私はミサって呼んで」
そう言うミサの顔が、奈美にも、杏子にも、プリスクールのママ友にも
見えて呼吸が苦しくなった。
「どうしたの?真琴ちゃん」
にっこり笑うミサの顔が、だんだん崩れて、くるくる変わり
最後は奈美の顔になり、私は、声にならない悲鳴をあげた。
(完)