モラルハザード
その穏やかな声の主は
同じプリスクールのママ友の一人 薫さんだった。
「いやだ、急いでたら、転びそうになっちゃった」
薫さんにイライラしていた自分を悟られないように
精一杯の作り笑顔を向けた。
「だいぶ、急いでみたいだけど、転んじゃったら大変なことよ」
薫さんの声に私も冷静さを取り戻し
ベビーカーを覗き込んだ。
「ごめんね、莉伊佐、大丈夫だった?」
莉伊佐は何事もなかったようで、にこっと微笑んで私を見た。
「あら、陽太くんはおねんねしたの?」
今度は薫さんのベビーカーを覗き込んだ。
陽太くんは、長い睫毛をふせてすやすや寝ている。
私は薫さんとベビーカーを並べるようにして
二人で駅に向かって歩き出した。