蜜愛シンドローム ~ Trap of Masato ~
「いない。あと一か月で縁談をまたイチからというのでは、とても間に合わん」
「・・・そ、そんな・・・」
絢乃はがくりと肩を落とした。
・・・どうやら、覚悟を決めなければならないらしい。
しかし、『当面の間』って・・・。
と思った絢乃に、雅人は冷静な口調で告げる。
「ずっとというわけではない、『当面』だ。正式な婚約者が決まるまでの、いわゆる『仮の婚約者』だ。そんなに気負う必要はない」
「は、はあ・・・」
絢乃はぽかんとしたまま、雅人を見た。
雅人はいつもと同じ、冷静な瞳でじっと絢乃を見つめている。
・・・冴え冴えとした、眼鏡の奥の切れ長の二重の瞳。
ずっと絢乃を導いてくれた、尊敬する上司。
その上司に、とんでもないことをしてしまったのは自分だ。
であれば、自分にできることを精一杯するしかない。
絢乃はぴしっと背筋を伸ばし、雅人を真正面から見た。
「わかりました。頑張ってやってみます」
「・・・では、秋月。これから当面の間、土日は空けておくこと。仮とはいえ、婚約者になった以上、学ばねばならないことがいろいろある」