蜜愛シンドローム ~ Trap of Takumi ~
『・・・絢乃か?』
どこか翳りを帯びた、その声。
いつもの卓海の声とは少し違う気もする。
絢乃は内心首を傾げながら、口を開いた。
「あの、加納さん。今日なんですけど・・・」
『13時に宮崎平だ。這ってでも来い』
「・・・」
やはり鬼は鬼だ。
しかし伝えることは伝えねばならない。
絢乃はぐっと携帯を握りしめ、早口で言った。
「すみません、実は慧兄が熱を出しまして。今日は行けません」
『・・・は? 慧が熱?』
「昨日の夜から高熱が出てて。今朝は大分下がってましたが、まだ熱があるので看病しないと・・・。なのですみませんが、今日は行けません! じゃっ!」
『ちょっと待て!』
言いたいことだけ言って電話を切ろうとした絢乃だったが、卓海の制止の言葉にぐっと息を飲んだ。
通話終了ボタンの上で指先がプルプルと震える。
───ものすごく切ってしまいたいが、切ったら切ったで恐ろしいことになりそうだ。
通話口の向こうで、卓海がため息交じりに言う。