蜜愛シンドローム ~ Trap of Takumi ~




『・・・絢乃か?』


どこか翳りを帯びた、その声。

いつもの卓海の声とは少し違う気もする。

絢乃は内心首を傾げながら、口を開いた。


「あの、加納さん。今日なんですけど・・・」

『13時に宮崎平だ。這ってでも来い』

「・・・」


やはり鬼は鬼だ。

しかし伝えることは伝えねばならない。

絢乃はぐっと携帯を握りしめ、早口で言った。


「すみません、実は慧兄が熱を出しまして。今日は行けません」

『・・・は? 慧が熱?』

「昨日の夜から高熱が出てて。今朝は大分下がってましたが、まだ熱があるので看病しないと・・・。なのですみませんが、今日は行けません! じゃっ!」

『ちょっと待て!』


言いたいことだけ言って電話を切ろうとした絢乃だったが、卓海の制止の言葉にぐっと息を飲んだ。

通話終了ボタンの上で指先がプルプルと震える。

───ものすごく切ってしまいたいが、切ったら切ったで恐ろしいことになりそうだ。

通話口の向こうで、卓海がため息交じりに言う。


< 2 / 190 >

この作品をシェア

pagetop