泥だらけの猫
 翌朝は尾行の気配は無かった。もしかすると他に容疑者が見つかったか。そうであれば私は救われるのではあるが、事が確定するまでは気を抜かずに生活するに越したことはない。 

 週末は午後から雨になった。天気予報には気を遣う私のバッグには折り畳み傘が待機している。出来れば、今夜の飲み会が終わる頃には雨も上がっていて貰いたいのだが、こんな事を願っても仕方がないことくらいは私にだって分かるというものだ。 
 飲み会での会社の連中のはしゃぎっぷりは見事としか言い様がないザマで、夕方以降もそんなに元気があるのなら、勤務時間内にもっと働けば良いのではないかと思うが、決して口にすることはしない私はお利口さんなのだ。

 居酒屋での飲み会が終わるとカラオケに誘われた。だが、お利口さんの私は丁重に断り、家路につくことを選択した。雨はまだ降っており、幾分が雨粒も大きくなっている気がした。今夜の電車には痴漢は潜んで居なかった。他の女性の場合は知らないのだが、とにかく私は無事に駅に到着出来たのだ。 
 駅から外へと出た。雨は相変わらずであった。

 目前の交差点の先の大橋では、傘をさしていてもこの横殴り気味の雨では恐らく濡れてしまうだろう。だが、後はアパートに帰るだけだ。濡れたってどうってことは無い。私は、橋に向かってサッサと歩きだした。 

 橋を通り過ぎると予想通り、腰の部分から下はびしょ濡れになっていた。会社へ向かう時ならいざ知らず、帰宅するだけの私にタクシーなどこの上なく勿体ない。橋の先を左折し、そしてまた右に折れる。ここまでくればもう少しだ。歩いてるせいか、今ごろ酔いが回ってきた気がする。アパートに着いたら今夜は早目に寝てしまおう。 

 最後の小さな交差点を右折した。暫くは暗い夜道だ。そう思った時、後方からニュッと腕が現れ私の顔を覆ってきた。上半身に回された反対側の腕と、押さえ付けられた顔とで身動きが出来ない。そう思うのもつかの間、私の意識は一瞬の内に飛んでしまった。
< 24 / 35 >

この作品をシェア

pagetop