あいのことだま
萌子は休みを取った。
ずっと眠れず、体力が限界だった。

朝、篤の朝食を用意したあと、お昼前までこんこんと眠り続けた。

目覚めた時、少し元気になった気がした。

時刻を確かめようと携帯を見ると、和也の担任から着信が入っていた。

(いつまでごまかせるか…)
担任の話など聞きたくもなかった。

あくびをしながら、萌子は起き上がった。

「明日は燃えるゴミの日だから、ゴミを集めておこう…」


大きなビニールを持って、各部屋のゴミ箱からゴミを集めた。


杏奈の部屋に入った。

杏奈の部屋は若い女性らしく、ピンクと白で統一され、ベッドには濃いピンクの花模様のベッドカバーが掛けられていた。

朝、起きたままらしく、カバーは乱れていた。

部屋の隅にあったゴミ箱はゴミで溢れかえっていた。

萌子は呆れた。

この白いレース模様のゴミ箱だって、二千円くらいで買ったとか言っていたのに。

「あの子、自分の事は綺麗にするくせに、部屋は汚いのよね…」

萌子は独り言を言った。

ふと杏奈のベッドの枕の下に一枚の紙があるのを見つけた。

隠すような置き方を萌子は不審に思い、その紙を引っ張り出した。


萌子は驚愕した。

萌子が手にしたその紙には
『人工中絶同意書』とあった。


娘の恋人、麻人のことは知っている。

もう何年も付き合っていることも。

家に来たこともあった。

愛想の良い子で、気は優しくて力持ちという印象だった。


杏奈の体調の悪さは悪阻だ。

それですべて納得出来る。



萌子にも和也を生むか、真剣に悩んだ時期があった。

和也を身籠ったとき、前夫の多額の借金がわかった。


前夫はチェーンの居酒屋の店長をやっていた。
遊び好きな性格だった。

萌子とは杏奈が出来たのをきっかけに結婚したが、萌子が妊娠中からこそこそとアルバイトの女と浮気していた。

常連の女性客と懇ろになったこともあった。

あの頃の萌子は人を憎むことばかりだった。

結婚してから楽しいことなどなかった。


唯一、子供の存在が萌子の生きる力だった。




篤が眠ったのを見届けてから、萌子は杏奈の部屋の前に立った。

ドアの向こうからテレビの音が漏れ聞こえる。

ノックをしてから
「起きてる?入るよ。」と声を掛けた。

杏奈はまだ起きていて、スエット姿でベッドに横になり、テレビを見ていた。

「何?和也の居場所わかったの?」

杏奈は萌子の方に顔だけ動かして、聞いた。

萌子はもともと細い杏奈がとても痩せてしまったことに、今更ながら気がついた。


「麻人くんとはどうなったの?」

萌子が聞くと、杏奈はそっぽを向いた。

「あー別れた。とっくだよ。」

別れた…とっくに。
萌子は口の中で反芻した。

「なんでそんなこと聞くの?」
杏奈が萌子を見ていった。

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