あいのことだま
杏奈たちが萌子のテーブルにくる前に、麻人の両親がビールを持って挨拶にきた。

黒留袖を着た麻人の母親が、篤のコップにビールを注ぎながら言った。


「この度は本当にすみませんでした。
まあ、三男坊が一番早く片付いて、うちも驚きました。
未熟者ですが、末長くよろしくお願いします。」


麻人の家は自営で電気工事の会社をやっていた。

兄二人はそこで働いていると杏奈から聞いた。

麻人の父もそうだが、麻人の兄達も逞しく、貫禄のある体格だ。


「いえいえ、うちの方こそ末長くよろしくお願いします。」

篤がにこやかに言って頭を下げた。
萌子もそれに倣う。


麻人の友人達のテーブルが騒がしくなった。

「寝技は反則だぞ。」
「お前、退場!」

麻人は悪友たちに飲まされ、顔が真っ赤だ。

友人たちからキスコールが起こった。


「愛情のこもった濃いやつ、一発お願いします!」
麻人の男友達がさけんだ。

杏奈は
「絶対やだー!」と抵抗したのに、
麻人に「するしかない!」と言われ、
友人たちの前で抱き合ってディープキスを披露した。

「ウォー‼」

友人たちから歓声と拍手が起こった。

指笛を吹く者もいた。


調子に乗った麻人は杏奈の後ろに回り込み、背中にもキスをした。

杏奈は仰け反り「イヤッ」と甘い悲鳴を上げた。


「あの子たち、親の前でなにやってんの…」

萌子は恥ずかしくて見ていられなかった。
篤も苦笑していた。


同じテーブルの和也と留美は、お互いの顔をくっつけるようにしてクスクス笑っていた。

二人が並ぶと、まるで性別のちがう双子のようだと萌子は思った。

雰囲気がよく似ていた。

テーブルの上で、和也の右手は留美の左手を包み込むように握っていた。


二人はいつもこんな風に手をつないでいた。
今日、このレストランにくる時もそうだ。


(気難しい和也が、こんな風になるなんて…)
意外だった。

和也はもう自分の知っている和也ではないと萌子は思った。


神津島から帰ってきた和也と留美は、留美の家で暮らしていた。

和也は学校にも留美の家から通っている。


学校との話し合いの結果
「学校側はこの件に関して一切関知しない。」
ということで和也にはなんの処分もなかった。

和也が優等生で、先生にも可愛がられていたから良かったのかもしれない。

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