あいのことだま
萌子はどら焼きの一つを手に取り、食べながら聞いた。

「体調は大丈夫?」

「…はい。」

「学校休んでるんだって?」

「…はい。」

「和也とは連絡取ってるの?」

「…携帯取り上げられちゃったから。」

萌子は矢継ぎ早に質問した。

留美は見れば見るほど可憐な美少女だった。
テレビで似たようなタレントを見たことがある気がした。


和也とは別れたということなのだろうか。
和也には携帯もそのまま持たせていた。

しかし、一番肝心なことが聞けなかった。


お腹の子をどうしたのかと。

しばらく沈黙があった。


「あの、和也くんのお母さん。」
留美が意を決したように、大きな瞳をまっすぐ萌子に向けた。

「何?」

「私、生んじゃダメですか?」


一瞬、萌子にはその言葉の意味がわからなかった。


生んじゃダメですかって…?

「はあ!?」
萌子は仰天した。


「私、赤ちゃん生みたいんです。
母に言ったら怒られてぶたれたけど…。一人じゃ無理だけど、皆で協力したら育てられるんじゃないかって。
私の味方になってもらえないですか?」


留美の真剣な訴えに、萌子はイライラしていた。


「あのね、留美ちゃん、あんた高校生でしょ。和也だってそうだよ。
生むなんて出来るわけないでしょ。
和也に高校中退して働けっていうの?」


「和也くんはそうするって言ってました。」

留美の言葉に萌子は頭に血が登り、思わず両手で力任せにテーブルを叩いた。


「和也が高校中退だって?冗談じゃない。今時、男の学歴が中卒でどうするの。こんな一度の過ちで一生台無しにされたくないわ。
大体、なんでうちが一方的に悪くなってるのかしら?」


留美にこんなことを言っても仕方ないとは分かっているのに、萌子は止められなかった。

萌子の剣幕に留美は泣き出した。

「ごめんなさい…私も悪かったんです。でも、和也くんが好きだし、ダメって言って嫌われたくなかった….。
こんな事になるなんて思わなくて。」


やはり和也のほうから誘ったのか…

これではうちの方が分が悪い、と萌子は思った。

「うちでは、こんな風になっても和也と付き合うなとか言わないよ。
今回は諦めて、これからは高校生らしいお付き合いをしてね。」

萌子が優しい声でいうと、留美は嗚咽し
始めた。


「やっぱりダメなんだ…可哀想。
赤ちゃん堕したくないよ。生みたいよ。堕したくない。絶対嫌だよ…」

両手で顔を覆いながら、留美は号泣した。

留美の身も世もなく泣く姿に、さすがの萌子も女として同情を禁じ得なかった。


受精したタイミングで生を与えられないとは、胎児にとっても理不尽なことだ。

年は若くても今、確かに留美は母親だった。

「今回は諦めてね…」

萌子は立ち上がり、泣く留美の頭を抱いた。
< 8 / 21 >

この作品をシェア

pagetop