カサブランカにはなれない
私はなにか失望させるようなことをしたのだろうか。
洗面所の鏡を見つめる。さっきいそいでメイクをした顔が目に映る。
久しぶりに会えるのを楽しみにしていた自分が情けなくなった。
頑張ったメイクが浮いて見えた。私は深呼吸して席に戻った。
私が席に戻ると、守はハンバーグをもう半分食べ終わっていた。
私は食べる気になれずにうつむいて言葉を探していた。
「・・・そういうことだから。」
守はライスの皿に手を伸ばしながら、私の方を見ずに言った。
「その子とはいつから付き合っていたの?」
嫌がられるかとは思ったが、私は聞いた。
「・・・えーっと、半年前くらいかな。お前とはほとんど会わなくなっていたじゃん。
こんだけ俺から連絡しなかったんだから普通わかるだろう。」
「・・・だって何も言われなかったから。」
半年前から守は私のことを恋人とは思っていなかったことを知ってショックだった。
自分から別れを切り出すことがそんなに面倒くさかったのだろうか。
私はどんなに気持ちが離れていてもほんの少しのことを信じてきた。
別れを言われないのは私のことをまだちょっとでも思ってくれているからだと信じていた。電話をくれたのは、久しぶりに会いたいと守が思ってくれているからだと信じていた。メールを返さないのは、俳優という夢に向かって忙しく頑張っているからだ。
三年頑張ったら就職をすると言ったのは私との将来を考えているという確かな証拠だ。
駅前に守の自転車が止まっているときは、養成所に行って頑張っているんだと
思っていた。私はそんなことで繋がっていると思い込んでいた。
本当の守の姿なんてもう随分見ていなかったのだ。
見ようとしなかっただけかもしれない。そんな事実は私にはいらなかった。
事実を知ってしまったら惨めな思いをするだけだと知っていた。
ただの食事代を払ってくれる都合のいい女でしかない。
本当はもうずっと前から気づいていたことだった。
私が告白をしたときからそうだったのだ。
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