さよならまた逢う日まで
眠れない夜だった。目を閉じると、何度もあの言葉が繰り返された。
期限が切れたらお前はあの世に行く・・
このまま夜の闇はもう明けないのだろうか・・・
目を開けているのか、閉じているのかわからない闇に向かって何度も問答し続けていた。
余命を宣告された患者は、毎晩こんな夜を送るのだろうか。
目を閉じたら、このまま覚めない眠りに落ちてしまうのではないかと毎晩恐怖を感じながら闇と戦っているのだろうか。
その恐怖をいつ受け入れられるようになるのだろうか・・・。
解けない暗号をといているようなもどかしい時間が過ぎて行った。
時間の経過とともに、少しずつ薄れ行く闇が心の不安のように、朝がやってくる事で、安堵していた。
開けたままだった窓から微かな風が入り、カーテンが揺れた。
どうにも耐えられない。
自分の中で、覚悟を決め前へ進むと宣言したものの、そんな簡単なものじゃない。
何もしないでいると、余計な事を悶々と考えてしまう。
「あ~~!起きよ!!」
抱きしめていたタオルをクシャクシャに丸め壁へと叩きつけた。
両足を振り上げた反動で起き上がり、思い切り伸び上がった。なかなか気持ちがいい。
カーテンを乱暴に開け放つと、既に蒸し暑い朝が始まっていた。
とりあえず家を出ることにした。
アイロンをあてハンガーに掛けられたワイシャツに腕を通し制服に着替えた。
洗面所へ降り、顔を洗った。
どんな心の状態でも寝ぐせは気になる。
濡れた手で髪を撫でつけながら、鏡に映る自分をあれこれ角度を変えて眺めた。
いたって健康的だ。
病気を患っているわけでもない、思春期ならではのニキビも額にいくつか作り、髭もいっちょまえに薄らと生えてきた。
そんな俺があと数日で死ぬのか・・・他人事のように、鏡の中の自分が不憫に思えた。
・・・やばい、また落ちそうになった・・
頬を両手ではたき、気合いを入れ我に返った。気を取り直し鞄を引っ掛け玄関に向かった。
台所からは、朝ごはんの匂いがしていた。もう既に母ちゃんが起きていた。
気づかれないように出るつもりだったが、二人しかいない家の中では気配を消すのは難しかった。
「あら!啓太こんな早くどうしたの?」
大袈裟なくらいの驚きようで、前掛けで手を拭きながら母ちゃんが近寄ってきた。
「朝練。」
そんなものこの2年間あったためしがない。苦し紛れの返事だった。
「あら~サッカー部もやっとやる気が出たのね。なに?谷口先生彼女でもできたの?」
意外に簡単に騙されてくれる。
・・・それにしても、彼女ができたらやる気が出たなどと勝手な推測をされ、全く関係ない谷口には申し訳ないことをした。
「あら!まだお弁当できてないわよ」
思い出したように、手を叩き台所を振り返る。
「朝練あるならもっと早く言ってちょうだい」
ちょっと呆れた顔をして見せるが、こんな数分の事だが、俺と向き合って会話できている事を少し喜んでいるように、口元には笑みがあった。
「弁当はいい、またおばちゃんとこのパン買うから。じゃ行ってくるは」
スニーカーを引っ掛けドアを開けた。
日中ほどではないが、夜の涼しさをまだ少し残しながらも、蒸し暑い風が吹き込んできた。
「いってらっしゃい。気をつけるのよ」
閉まりかけたドアの隙間から母ちゃんの声が見送った。
自転車に跨り、なだらかな坂道を下った。
そういえば、最近母ちゃんに自分から話しかける事もなければ、母ちゃんに聞かれた事を返事するぐらいで、まともに会話をしていなかった。
それでも、毎朝ちゃんと、台所の食卓の上には俺の弁当が用意されていた。
避ける俺を、何も言わず、弁当の中身にその気持ちがいつも詰まっていた。
今思えばだ・・・・今だから気づけたのかもしれない。
いや・・・気付いていたけど、しょうがないと思っていた。
いつかでいいやと思っていた。
期限が切れたらお前はあの世に行く・・
このまま夜の闇はもう明けないのだろうか・・・
目を開けているのか、閉じているのかわからない闇に向かって何度も問答し続けていた。
余命を宣告された患者は、毎晩こんな夜を送るのだろうか。
目を閉じたら、このまま覚めない眠りに落ちてしまうのではないかと毎晩恐怖を感じながら闇と戦っているのだろうか。
その恐怖をいつ受け入れられるようになるのだろうか・・・。
解けない暗号をといているようなもどかしい時間が過ぎて行った。
時間の経過とともに、少しずつ薄れ行く闇が心の不安のように、朝がやってくる事で、安堵していた。
開けたままだった窓から微かな風が入り、カーテンが揺れた。
どうにも耐えられない。
自分の中で、覚悟を決め前へ進むと宣言したものの、そんな簡単なものじゃない。
何もしないでいると、余計な事を悶々と考えてしまう。
「あ~~!起きよ!!」
抱きしめていたタオルをクシャクシャに丸め壁へと叩きつけた。
両足を振り上げた反動で起き上がり、思い切り伸び上がった。なかなか気持ちがいい。
カーテンを乱暴に開け放つと、既に蒸し暑い朝が始まっていた。
とりあえず家を出ることにした。
アイロンをあてハンガーに掛けられたワイシャツに腕を通し制服に着替えた。
洗面所へ降り、顔を洗った。
どんな心の状態でも寝ぐせは気になる。
濡れた手で髪を撫でつけながら、鏡に映る自分をあれこれ角度を変えて眺めた。
いたって健康的だ。
病気を患っているわけでもない、思春期ならではのニキビも額にいくつか作り、髭もいっちょまえに薄らと生えてきた。
そんな俺があと数日で死ぬのか・・・他人事のように、鏡の中の自分が不憫に思えた。
・・・やばい、また落ちそうになった・・
頬を両手ではたき、気合いを入れ我に返った。気を取り直し鞄を引っ掛け玄関に向かった。
台所からは、朝ごはんの匂いがしていた。もう既に母ちゃんが起きていた。
気づかれないように出るつもりだったが、二人しかいない家の中では気配を消すのは難しかった。
「あら!啓太こんな早くどうしたの?」
大袈裟なくらいの驚きようで、前掛けで手を拭きながら母ちゃんが近寄ってきた。
「朝練。」
そんなものこの2年間あったためしがない。苦し紛れの返事だった。
「あら~サッカー部もやっとやる気が出たのね。なに?谷口先生彼女でもできたの?」
意外に簡単に騙されてくれる。
・・・それにしても、彼女ができたらやる気が出たなどと勝手な推測をされ、全く関係ない谷口には申し訳ないことをした。
「あら!まだお弁当できてないわよ」
思い出したように、手を叩き台所を振り返る。
「朝練あるならもっと早く言ってちょうだい」
ちょっと呆れた顔をして見せるが、こんな数分の事だが、俺と向き合って会話できている事を少し喜んでいるように、口元には笑みがあった。
「弁当はいい、またおばちゃんとこのパン買うから。じゃ行ってくるは」
スニーカーを引っ掛けドアを開けた。
日中ほどではないが、夜の涼しさをまだ少し残しながらも、蒸し暑い風が吹き込んできた。
「いってらっしゃい。気をつけるのよ」
閉まりかけたドアの隙間から母ちゃんの声が見送った。
自転車に跨り、なだらかな坂道を下った。
そういえば、最近母ちゃんに自分から話しかける事もなければ、母ちゃんに聞かれた事を返事するぐらいで、まともに会話をしていなかった。
それでも、毎朝ちゃんと、台所の食卓の上には俺の弁当が用意されていた。
避ける俺を、何も言わず、弁当の中身にその気持ちがいつも詰まっていた。
今思えばだ・・・・今だから気づけたのかもしれない。
いや・・・気付いていたけど、しょうがないと思っていた。
いつかでいいやと思っていた。