さよならまた逢う日まで
毎日下るこの坂道も、なんだか違う道を下っているようだ。
 

こんな早い時間にここを通る事もなかった。


新聞配達の原付が、エンジン音を途切れ途切れに響かせ走ってくる。
 

ジョギングをする数人の人とすれ違う。


規則正しいフォームでせっせと歩く老夫婦、犬連れで立ち話を楽しむおばちゃん達。

いろんな人がいて、いろんな時間を過ごしている。

 
俺の知らない時間が流れていた。 


ペダルをゆっくりと踏み、ハンドルは無意識に方向を変え進んでいた。
 

いつもの門はまだ閉ざされ、朝練のため横の小さな出入り口が開け放たれていた。
 

自転車を降り門を通り過ぎ歩いた。


人影がなく、静まり返った校内。

遠くで蝉が鳴きだし、早くも日中の暑さを想像させ気持ちが萎えそうになった。
 

砂利を踏んで歩く自分の足音が、校舎に反響して微かに響いた。


自転車小屋は、置いて行かれた自転車を数台残し、広々と空間を広げていた。


ちょうど真ん中あたりに自転車を止めた。


普段鍵など掛けたことがないが、ポツンと止められた自分の自転車がやけに目立ち、鍵を掛けポケットに突っこんだ。
 

歩きながら、ゆっくりと校舎を眺めた。


あの辺が、教室。あの階の突き当たりは図書室。こんな風に眺めたことは、もちろん初めてだ。


人が誰もいない風景など今まで見たことがなかった。


昇降口に掲げられた校章をマジマジと見つめる。・・・あんな形していたのか・・・。
 

普段使える神経をどれだけ無駄に休ませていたのか、知らない事が多すぎる。

 

どう足掻いても気持ちは落ちる一方だ。

 

足元に落ちている小石を思い切りけり上げた。


カッカッカッ・・・と乾いた音を立て転がった小石は校舎の壁に当たり止まった。
 

その音に重なるように、校舎の裏側で、微かに規則正しいリズムが響いてきた。

 

建物に沿って進み、突き当たりを左に曲がると、桜の木が日陰を作り連なっている。

青々とした葉の間から、日差しが点滅しているかのように、キラキラと差し込んだ。
 

むせ返るような草の匂いが辺りに漂い、目の前に景色が広がった。
 

桜の木々が向こうの方まで続き、そのまた向こうに、山の丘陵が連なって背景を作っていた。
 

規則正しいリズムはその景色の中から聞こえてきた。
 

土を蹴りあげ、乱れず繰り返されるリズムは、朝日を浴びながら目の前を走りすぎて行った。


繰り返されるリズムは、体育館の建物に弾かれ後を追うように響いた。

 

走り去るそれを目で追いながら、今目覚めたかのように鼓動が急にテンポを上げてなりだした。

 
短めの黒髪をなびかせ、蹴り上げる足音と呼吸がまた近づいてきた。
 



堺だ。
 
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