さよならまた逢う日まで
カランコロン

 

玄関の扉を開けると呼び鈴が出迎えた。

 

締め切ったままだったが家の中はひんやりと外の熱を吸い取った。

 
リビングの大きな窓を押し開けると、遮光カーテンが流れ込む風と共になびいた。

 
急な階段を上り突き当りのドアを開けた。

 
出窓に置いた小さな鉢に水をやると、薄い緑の芽が滴をまとった。

 

この家には作り出された俺の歴史がちゃんと残っていた。


古びた机には不格好な俺の名前が「神田 レオ」と残っている。


クローゼットに並ぶ数冊のアルバムの中には、生まれてから海外へ行くまでの俺がきれいにおさめられていた。


『初めての一歩。レオが歩き出した。これから世界がグンと広がるね。』

 

『七五三 袴が嫌だってぐずりっぱなしのレオ』

 

『小学校入学 啓ちゃんと一緒に』

 

「おっ啓太。ぷっ!あいつかわってねぇ~」

 

時々写っているこの女の人は俺の母親なんだろう。


ばぁちゃんそっくりだ。

 

いろんな人に出会い…生きてきたんだな。

 

気が付くと部屋の中は薄暗くなり、楠の影が長く入り込んできていた。

 

小さいころの記憶など全くない。

 

でも作り出された俺の記憶の中にはちんと歴史がある。


俺が俺になっていくまでの歴史が。

 


生まれたばかりの赤ん坊にも、老人にも、いい奴にも、悪い奴にも「人生」って言う歴史がある。



数冊のアルバムの中に1冊だけ色褪せた物が並んでいた。

手に取りめくると母さんが色あせた写真に写っていた。

いや…これは母さんじゃない、ばあちゃんだ。


看護士の制服を着て笑顔で写るその人は、若い頃のばあちゃんだった。


同僚と一緒の写真


患者と一緒の写真


ページをめくるとすべて笑顔で溢れていた。


数ページ目をめくると1枚の写真がこぼれ落ちた。


どの写真よりも眩しいほどの笑顔のばあちゃんの隣に



俺が写っていた。



写真の裏を見ると1945年 夏と記されていた。


「俺…」




部屋の中は夜の闇が染み込み藍色に染まり始めていた。



突然鳴り響く着信音が静けさをかき消した。



「内海さんのお宅でしょうか、


詩織さんの容体が急変しましたので、


ご家族の方はすぐに病院へお越しください」


通話ボタンを押し耳に当てると淡々と要件が告げられた。


電話が切れた後ツーツーツーと電子音が鳴り続けていた。


写真の中で笑っているばあちょんが闇に浮かんで見えた。



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