さよならまた逢う日まで
連絡を受け慌てて駆け付けたんだろう。


三角巾に白い厨房着のままの母ちゃんはやっぱり髪が乱れていた。


ほんの少しの時間が過ぎ母ちゃんは砕けるように床に座り込んだ。


ただ呆然と…でも泣いてはいなかった。


医者はまた一礼をしその場を去った。


非常灯の明かりで緑色の暗闇の中、母ちゃんは声にならない声で泣き崩れた。


やばい…俺母ちゃんを泣かせてしまった。


幼い頃、父ちゃんが出て行っても母ちゃんは泣かなかった。

女手一つで俺を育て、数々の迷惑をかけた。



担任からの呼び出しは珍しいことではなく、母ちゃんはその度に頭を下げた。


親の心子知らずで、ペコペコ頭を下げる母ちゃんに腹が立ったもんだ。


情けない息子に泣きたいこともあっただろうに…。

母ちゃんが泣いたのは、病院のあれが最後だった。

通夜も葬儀も、そして出棺の時も、母ちゃんは涙ひとつ流さなかった。

喪主の挨拶で母ちゃんはこう言った。


「最後まで親不孝のバカな息子でした」と。


俺の葬式は慌ただしく終わった。

忙しかった2日間が嘘のように、日暮の鳴き声が薄暗くなった部屋に流れ込んできた。


ポツンと座り込む母ちゃんの前には、箱に納まってしまった俺と、数か月前の修学旅行の写真が遺影となって置かれていた。

まさかそれから数か月後に死ぬとも思わないで、俺は笑っていた。

俺は母ちゃんの隣に胡坐をかいて座った。

どの位の時間が流れただろう、気が付くと部屋の中は暗闇に浸っていた。

「啓太…あんたはバカだよ…」


母ちゃんは俺を側に感じているのか、つぶやいた。


聞こえているよ。


まだ隣に座っているからな



母ちゃん…ごめん。


母ちゃんにはみえない光が部屋に差し込み、ここには留まれないことを知らせた。


俺はそっと立ち上がり、部屋をすり抜け光の差す方へ歩き出した。


この光はあの世につながっているんだろう。


俺は一度立ち止まり考えた。そしてまた光の差す方へ歩いた。


光の先を睨み付けて歩いた。


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