宇宙旅行へ行きませんか
私の鼓膜を優しい音が震わせる。ハッピーエンドはあるのかしら、甘い悪魔が囁いている。在るかもしれないわよ、と苦い天使が嘯いている。
「ねえ、お姫様、僕と宇宙旅行へ行きませんか」
机や椅子は重力を無くして空に浮かぶ。ビルも、校舎も、水も、飽和する喧騒も、貴方の優しい眼差しも。そして世界は二人だけになる。嗚呼、何と素敵な逃避行。重力なんて亡くなってしまえば、此処から逃げ出せる気がするのだ。常識という柵だらけの、此の世界から。
「はい、よろこんで」
爽快な風が教室の中を白馬の様に駆け巡る。ウエディングドレスを彷彿とさせるカーテンがふわり、風を抱く。進路を決定する薄っぺらい紙束が風に攫われて、飛んで行く。足が軽くなる。木製の床に日溜まりが落ちて、星と為って弾ぜる。
私は彼の手を取った。宇宙へ行く方法なんてそれだけで、良かった。