束縛+甘い言葉責め=溜息
嬉しくて、涙が出たが、それと同時に大学のことをどうするかが問題になった。
吉住は、
「俺が幸せにしてあげるから。絶対に苦労はさせない」
と、強く言った。
そして、私の親にも自分から進んで会ってくれた。
サラリーマンの父をもつ、ごく普通の家庭だったが、さすがに父は頷かなかった。
第一に夜の仕事をしているということ。
第二に、私がまだ若いということ。
「結婚まで考える必要はない。付き合うのは認めるけど」
という父の気持ちを最後まで変えることはできず、また、母も同じ想いであったため、結局大学に進学した。
したけど、予想通り中退した。
吉住が、熱海に土地を100坪購入したことがきっかけだった。
「新居を建てるつもりだから。……なんなら、今から建てて、待っててもいいよ」
毎週大阪に通い、指輪も買ってくれて、更には新居の約束まで……。
学校になんか行っていられないと思った。
親には強い意志を持って報告すると、土地の権利書を見るなり、渋々頷いた。
「50坪の新居を計画しています」
という、住宅会社のプランシートを見せつけたのも良かったのかもしれない。
そして吉住28歳、私が19の時に結婚をした。
新居が完成するまでは吉住のマンションで住んでいたが、毎夜、毎夜、激しく迫られた。
吉住はすぐに子供を欲しがったが、2人きりで旅行に行ったり、もっと吉住と遊びたいという気持ちがあり、なんとか抑えつけて、2年間待ってもらった。
その間、ただの専業主婦という名の吉住のメイドだったように思う。
何から何まで吉住のために尽くし、料理も長時間かけて手間暇かけ、掃除もこまめにし、家の中に閉じこもりきっていた。
出歩くのは、吉住が隣にいた時だけだったように思う。
同じ大学の友達や、同級生はとっくに周りからいなくなっていたがそんなことはどうでも良かった。
吉住がいれば、それで良かった。
その時はそれで満足していたのだが、そのうち子供を1人作り、流れですぐ2人目ができ、せがまれて3人目を作った時には、これ以上子育てに追われるのが嫌だという思いから、不妊手術をすることを真剣に考えた。
だが、吉住に
「そんなことする必要ない」
と、一言であしらわれた。
吉住は、
「俺が幸せにしてあげるから。絶対に苦労はさせない」
と、強く言った。
そして、私の親にも自分から進んで会ってくれた。
サラリーマンの父をもつ、ごく普通の家庭だったが、さすがに父は頷かなかった。
第一に夜の仕事をしているということ。
第二に、私がまだ若いということ。
「結婚まで考える必要はない。付き合うのは認めるけど」
という父の気持ちを最後まで変えることはできず、また、母も同じ想いであったため、結局大学に進学した。
したけど、予想通り中退した。
吉住が、熱海に土地を100坪購入したことがきっかけだった。
「新居を建てるつもりだから。……なんなら、今から建てて、待っててもいいよ」
毎週大阪に通い、指輪も買ってくれて、更には新居の約束まで……。
学校になんか行っていられないと思った。
親には強い意志を持って報告すると、土地の権利書を見るなり、渋々頷いた。
「50坪の新居を計画しています」
という、住宅会社のプランシートを見せつけたのも良かったのかもしれない。
そして吉住28歳、私が19の時に結婚をした。
新居が完成するまでは吉住のマンションで住んでいたが、毎夜、毎夜、激しく迫られた。
吉住はすぐに子供を欲しがったが、2人きりで旅行に行ったり、もっと吉住と遊びたいという気持ちがあり、なんとか抑えつけて、2年間待ってもらった。
その間、ただの専業主婦という名の吉住のメイドだったように思う。
何から何まで吉住のために尽くし、料理も長時間かけて手間暇かけ、掃除もこまめにし、家の中に閉じこもりきっていた。
出歩くのは、吉住が隣にいた時だけだったように思う。
同じ大学の友達や、同級生はとっくに周りからいなくなっていたがそんなことはどうでも良かった。
吉住がいれば、それで良かった。
その時はそれで満足していたのだが、そのうち子供を1人作り、流れですぐ2人目ができ、せがまれて3人目を作った時には、これ以上子育てに追われるのが嫌だという思いから、不妊手術をすることを真剣に考えた。
だが、吉住に
「そんなことする必要ない」
と、一言であしらわれた。